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兄がユノにどんな態度で接していて、Aをどんな風に言っているかは分からない。けどユノの言葉に嘘がないことは明らかで、Aは口を噤んだ。
考えてみると、Aの記憶に実の兄に甘えた経験なんてなかった。本音を話せたのは母親と、庭に住み着く小鳥や小動物にだけ。Aがもっと弱々しくて甘えん坊な可愛い妹であったら、彼の態度は違っていただろうか。
……しかしこんな重たい話をするために並んで歩いているわけではない。Aはまつ毛をはね上げ、必死で明るい話題を探した。
｢そういえば……今日はアスタくんも来てるんだ｣
｢アスタも？｣
｢うん。さっきひったくり捕まえて大活躍してた｣
｢流石だな、アイツは｣
(…………ぁ、笑った)
悪戯っ子のように口角を少し上げたその笑顔に、心臓あたりがじんわりと熱を持つ。この人はこんな風に笑うんだと。寡黙そうなユノの笑顔にこちらまで笑顔になった。
｢ユノくん、アスタくんの話になった瞬間分かりやすく顔色変わったね｣
｢そうか？｣
｢なんて言うんだろ……“誇らしげ”？｣
｢俺がアイツを？俺の方が凄い｣
｢わぁ、ツンデレ｣
イケメンなうえにツンデレなんて狡い。
そうやっていつもぶつかり合っているけれど、相手の実力を誰より分かっているから対抗するのだ。お互いよりも先に夢を叶えるために切磋琢磨する、確かな絆がそこにはあった。少年漫画みたいでいいなぁこういう関係、と微笑ましくなる。
｢これから合流するんだけど挨拶してく？｣
｢そうしたいけど悪ぃ、俺そろそろ行かねえと先輩にキレられる｣
｢あんな人でも慕ってて凄いや。頑張ってね｣
｢ああ、Aも。アスタをよろしく頼む｣
そこで初めて名前を呼ばれて、驚きながらも頬を染めて笑ったAは｢こちらこそ兄上をよろしくね｣と手を振って、彼と別の方向へと進んだ。
気づくと日は暮れかけていて、合流時間が近いことを示している。
腕の中で大きな欠伸をする狼と目が合うと、嬉しそうに顎を舐めてきて愛らしい。灰色の毛並みを撫でながらさっきの会話と、名前を呼んで手を振ってくれるユノの笑顔をふと思い出した。
(ん？)
顔が熱くて、息が苦しくなる。病気だろうか……いや違う。心当たりは…
(いやいやいや違うでしょ)
芽生えかけた感情に蓋をして、Aはぎゅうと狼を抱きしめた。
出会ったばかりでそんなこと、有り得ないと。
｢よぉし決めた。君の名前は“ルー”だよ｣
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作者名：まめこ。
| 作成日時：2022年3月13日 10時
