1カラットの雫【江口拓也】

第26話 ページ26

「おーこっちこっち」

タクシーから降りて小走りでやってくる彼女

「わりぃ、急に呼び出して」

昼飯に誘えなかったのが結局夜まで引きずって俺はディナーに羽衣を誘った

綺麗な紺色のワンピースを着ている

『もーしっかりした店って聞いたから…』

そういう彼女は、俺の服装を見て
『男性はいいですよね〜大体服装決まってて』

女性は大変なんだよ？って頬を軽く膨らませながら言う

なんつーか…

「馬子にも衣装って感じ」

『はい？それ褒めてます？』

「うそうそ、かわいーじゃん」

そう素直にいえば、少しだけ嬉しそうな顔をする 俺はその顔を見て満足そうに彼女の手を取った

「ん」
『え？』
「お手をどうぞ？お姫様？」

わざとらしくセリフ風に言えば、くすくすと笑って『ちゃんとエスコートしてくださいね？』って俺の手を取る

「てかさ〜なんでこんな高いヒール履いてくんの？」

俺とほぼ変わらないくらいの身長になる
「お前でかいんだからさ〜」

『この服にはこれがいいんで…んっー！』

言いかけた口に指を当てる
「それ、やめて。敬語、気持ちわりぃ」

『だって…』

「今は役者東雲羽衣じゃなくてただの羽衣だから」

『…分かった』

「よし、あ、お兄ちゃんでもいいぞー」

ってふざけて言うと『それはちょっと』ってあっさり断られた

予約したレストランに着くと、夜景が見える窓際に案内された

『凄いとこ…高いんじゃ…』

「あのさ、来てそうそう値段の心配する？ふつー。てか、俺の奢りだから」

黙って食えって言うと、『変わってないなー』って笑う

話は本題へ

「あのさ」
『うん？』
「えぐと仲いーの？」
『どうしたの？急に』

「なんかランチ2人で行ったらしいじゃん」
『うん、行った。それがどうしたの？』
「そっか」

『でも不思議な人だね、江口さん』

「えー？何が？」

『すっごく不思議な人』

「何それ、全然わかんない」

ふふって思い出し笑いをする彼女をそっと見つめた

「まぁ、あいつ良い奴だから」
『うん、いい人だね』

また、だ
またチクリと針が俺を刺す

「あのさ、羽衣さ」
『うん？』

そう言って料理を見つめてた視線が俺へと向き思わずドキッとする

…あれ、こいつこんな綺麗だったけ？

俺が知ってる羽衣はいつも笑ってて
ちょっとだけドジで、泣き虫で…

でもそれは古い思い出の中の羽衣

…いつまでも止まってるのは俺の方か


「…いや、なんでもない」

…俺の中の止まっていた歯車が少しだけ動き出した

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