桜散る夜、また君に逢えたら。 (ページ9)

今日:105 hit、昨日:93 hit、合計:8,435 hit

八話ページ9

水木が子供の元に戻ると、子供は地面に座り込んでぼーっとしていた。離れる前にそのおにぎりは絶対に食べるなと言い聞かせたからか、手にはまだあのおにぎりが乗っかっていた。

「おい。」

声をかけると翠玉の瞳がこちらに向く。水木が子供の隣に腰を下ろすと、先ほどは持っていなかった紙袋を差し出した。それを不思議そうにして受け取る子供。

「･･････。」

「･･････開けていいぞ？」

そう言うと子供は翠玉を大きくして水木を見つめた。まさか自分宛てだとは思わなかったのだろう。荷物持ちだと勘違いしていたのかもしれない。

「お前に、だ。ほら。早く開けてみろ。」

紙袋に指さしてそう言えば、子供は恐る恐る中を覗き込む。中に入っていたものに手を伸ばすと、何やらふかふかの小麦色。

「『こっぺぱん』だ。食ったことあるか？」

水木がそう聞くと子供は首を横に振った。子供の様子を見て、水木は笑いながら「そうか。」と答える。子供はそれをじっと見つめると、ゆっくり口を開けて噛みついた。

「･･････！」

瞬間、小麦の風味と優しい甘味が口の中に広がった。初めて食べる味に、思わず夢中になって齧り付く。ふわふわなのに噛みごたえがあって、でも飽きない。いくらでも食べられそうな味。最後の一口を口に放り込む子供の姿は、なんだか少し悲しそうに見えた。

「お前、美味そうに食うなぁ？」

こんなにも夢中に食べてくれるのなら、奢った甲斐があったと水木は笑う。

「この辺は面倒な輩が多い。今度飯を探す時は他の場所にしとけ。」

そう言って、子供に二つ目のコッペパンを差し出す水木。子供は小さく頷くと、少し申し訳なさそうにして二つ目を受け取った。人のことは言えないが、がつがつと早食いをする子供に大人として情けなさを覚える。
もしも戦争で勝っていたら、戦争をしていなかったら、ちゃんとした大人が日本に大勢いたら。考えても仕方ないとは言え、やはり少し悔しかった。