九話 ページ32
「・・・・・・水木。」
優しい声色が、水木の耳に届く。頭の中はすでに混乱してぐちゃぐちゃだというのに、己の瞳からは絶えずたくさんの雫が溢れている。白髪の男を見つめながら、震える腕になんとか力を入れ直して、子供と鬼太郎を庇った。
「・・・・・・来るな、」
戸惑う水木に、白髪は少し右手を伸ばす。が、水木は白髪にそう言葉を放った。
「水木。」
「・・・・・・それ以上近づくな、」
「水木・・・・・・のう、水木。」
「っ、来るなと言っている!!!!」
白髪が何度も、何度も何度も水木と名を呼ぶ。どんなに水木に拒否されても、白髪は名を呼んだ。そして、とうとう。白髪が三人の目の前まで近づく。
「水木や。」
「っ、!!」
伸ばされた右手を、水木は反射的に振り払った。
パシン、!!と渇いた音が空気を揺らす。血色のない肌が、薄い赤に染まった。目の前にいる男は知らない他人。それなのに自分の名前を知っており、そのくせ訳知り顔でこちらに迫ってくる。負い目なんて感じる必要もない、気味の悪い者。
それなのに。何故だ。
何故、こんなに、胸が苦しくなるんだ。何故、振り払ってしまったことに、負い目を感じているんだ。
何故、何故・・・・・・
そんな、優しい笑みを浮かべるんだ。
「・・・・・・?」
ごちゃごちゃと考えている間に、眠っていた鬼太郎が目を覚ました。眠たそうにしながらくしくしと目元を小さな拳で擦る。そして視線は、目の前にいる白髪に向いた。
「鬼太郎・・・・・・」
じっ、と動かず、白髪を見つめる。
「・・・・・・おはよう。」
「・・・・・・。」
そして何も言わず。両腕を精一杯、男に伸ばした。まるで、抱っこをせがむかのように。
「き、たろ、」
「・・・・・・抱かせてはくれぬか、」
そう聞く白髪の瞳は、男とは思えないほど綺麗な涙が浮かんでいた。目の前の赤子を慈しみ、愛情深い視線で見つめる。そんな表情を見てしまえば、もうダメだと言う気もなくなってしまった。
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作者名:優咲ユウ | 作成日時:2024年1月28日 21時