ページ ページ32
・
食事の席はいろいろな方からお話を聞いて新しい知識を吸収することができる、という点では楽しいと感じていた。
「本日は幾つもの国に渡った経験をお持ちの方がお見えになっています」
『そうなの?少し楽しみ……』
「そういえばA様は海外に興味がおありでしたね」
『ええ、河村もでしょう?あ!今日素敵なお話を聞いたら河村にも教えてあげる!』
海外文化に花を咲かせながらワインを口に含んだとき、河村に髪飾りをつけてもらったときの会話を思い出した。本当はこの会食が終わった後に河村と話せるという楽しみがあるから心が浮ついているのだと気づく。
河村は口数こそ少ないけれど、立場関係なく事実をはっきりと言ってくれるし、適当な話はしない。
貼り付けた虚勢で本音を隠す世の中で、私にとっては唯一の存在だった。
・
・
・
今日はとても有意義な時間を過ごせたように思う。海外には書物を読んだだけでは知り得ない文化が山のようにあると教えてもらい、より一層興味が湧いた。早く河村にこの話をしたい。けれど私の部屋のアロマを炊いてくれる時間になっても河村は姿を現さなかった。
5分、10分……少し不思議に思ったのと、早く海外の話をしたいという気持ちが先走り、1階へと降りて河村を探すことにした。自室を出て少し歩いたけれど誰ともすれ違わない。何だか不気味だ。お爺様の肖像画がこちらをじーっと見ているような気がするし、いつもと同じ廊下なはずなのに随分と長く続いているように感じる。
薄暗い廊下の先に明かりが灯っているのを見つけ、私は吸い込まれるように歩みを進めた。そこは厨房だった。小さい頃にかくれんぼをしてこっぴどく叱られた苦い思い出のある厨房は今となってはなかなか近づかない場所だ。
入口からそーっと中を覗くと厨房にいるはずのない人物がこちらを背にして立っていた。
『河村?』
私の声に肩を跳ねさせた河村は赤い液体を閉じ込めた小さな瓶を内ポケットに隠した。赤と言っても今私の人差し指に宿る赤とは違う、赤黒い何か。
「どうされましたか?」
一瞬強ばった表情をしたと思ったけれどそれは見間違えだったと感じるほどに、すぐにいつもの河村に戻る。最後のピースが嵌り、数年間解けなかったパズルが完成したような気がした。
・
94人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「短編集」関連の作品
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:すぅぷ | 作成日時:2019年7月26日 19時