〈 広報と準決勝�� 〉 ページ31
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WBC準決勝が、始まってしまった。
「ふ〜〜……」
3月20日、19時。
マウンドへ向かうろーたんの背を眺めつつ、私は深く深く息を吐く。……ああもう心臓に悪い。何だってこう見送ることしかできないんだろう。
球場中に鳴り響く大音量の音楽や歓声は、緊張しきった私の耳には届かない。
というか手の震えでカメラがまともに持てない。試しにシャッターを切ると、そこそこ高機能な手ぶれ補正を貫通したとんでもない写真が映っていた。すみません今日私ただのお荷物です。
「ウワびっくりした。霊の類かと思ったらAちゃんじゃん」
「……中央大学ってノンデリが必修科目なんですか？」
そうして投球練習を行うろーたんを見つめていると、通りがかった牧さんがぎょっとした顔をする。1から100までふざけんな。
「いやだって顔白すぎるでしょ。お化粧じゃないよね？」
「やだな同い年にこんなデリカシーない人がいるの……」
「えっ、まさか緊張してんの？」
「しますよ！むしろしてない方がおかしいですから！」
こちとら可愛い後輩が準決勝の先発なのだ。むっとして言い返すと、牧さんはけらけら笑った。……選手じゃなかったら張り手くらいしてたかもしれない。
「そっか〜、Aちゃんが緊張か」
「………なんか文句ありますか」
「や、そうじゃないよ。Aちゃんいっつも冷めてるし、そんだけチームのこと好きになってくれたんだなって」
なんて笑って、牧さんは「さー頑張ろー」という緩い掛け声と共に場を去ってしまう。
その背があまりにも楽しそうで恨めしくて、そこで私はふと、一次ラウンドでのことを思い出した。
もはや遠い昔のことに思える第一戦の日。思わず漏らした本音に、牧さんや大谷さんが騒いだあの時のこと。
「………別にそんなんじゃないけど」
誰に言うでもない言い訳を呟いて、両頬をぱちりと叩く。
ろーたんは投球練習の最後の球を投げ終わったらしい。もう私には、祈ることしかできなくなってしまった。
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始まった準決勝は、序盤こそ静かな展開だった。
どちらも決定打に欠ける展開。ただろーたんはいつも通りみたいに相手を打ち取っていて、彼が何より心配だった私も、3回表が終わる頃には心の余裕ができたくらいで。
だからこそ迎えた4回表、2アウト1,2塁。
ろーたんが投じたスライダーがスタンドの奥に消えていくのを、私は、1人茫然と眺めていた。
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作者名：あちちっ！ | 作成日時：2023年8月11日 14時
