〈 語るべくもないエースの場合 〉 ページ29
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この度の準決勝は、メキシコを迎える戦いだ。
昨日行われた試合の結果、既に決勝の相手はアメリカに決定している。つまりは、今日ここで勝った方が明日アメリカと王座を争うのだ。
「ねーAさん、由伸さんどこですか？」
そんな大事な試合の開始まで、あと数十分と迫った頃。
球場内の一室でカメラの調整を行っていると、ふと声を掛けられた。少々げんなりしながら振り返ると、宮城くんがひょこっと顔を覗かせている。
「どこって……知らないよ」
「えっ！？絶対Aさんのところだと思ったのに」
「それ聞かれるのもう3回目なんですけど。何でみんな私に山本の居場所聞きに来るの？」
そんでもってこれだけ探されて尚見つからない山本は何なんだ。ウォーリーかよ。
「いや、そりゃそうでしょ。由伸さん登板前はいっつもAさんのとこいるし」
「犬じゃないんだからそんな習性ないよ……」
「ありますよ！えー、わざわざAさんのとこまで来たのに収穫なしかあ」
そうぼやくと、宮城くんは残念そうに場を去っていく。……普通にそんな顔されるいわれがなさすぎるんですが。
そもそも私とて山本と常に一緒なわけじゃないし。
むしろここ最近は姿を見ないことの方が多いくらいで、今日だって山本とは朝の挨拶をしたっきりだ。以降は私が忙しかったのもあって、奴の声すら聞いていない。
「……ていうか、それどころじゃないし」
それに、今日の私はろーたんのことで頭がいっぱいなのだ。
あんな若い子が準決勝の先発だなんて考えるだけで心臓が千切れそうだし、今の私は彼のことばかりで他を気にするだけの余裕がない。
オーストラリア戦のこともあって、どうにかなるだろうという漠然とした信頼がある山本とは違う。
心配するなと言われてもやっぱり不安で仕方ないのだ。可愛い可愛い後輩だから。
「あ、なあA！由伸って――」
「だから知らない！！」
「えっ」
故に私は顔を覗かせた颯一郎にそう叫び、心を落ち着かせるよう再度カメラの調整に戻った。もう私のためにも早く見つかってくれウォーリー。いやウォリ本。
なんてそんな願いも虚しく、それから試合開始までの数十分、私は山本の居所を聞かれ続けるはめになる。
その頃の山本が私を探すため球場内を歩き回っていたという話を聞いたのは、試合が始まって少しした頃だった。
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作者名：あちちっ！ | 作成日時：2023年8月11日 14時
