【番外編】2023年、9月9日 ページ24
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結果的にセカンドゴロになった白球を、私は、瞬きもせずずっと追いかけていた。
歓喜に震え、水が飛び散るグラウンドをずっと見ていた。
ベンチを飛び出す選手に「よかったな！」って肩を何度か叩かれたけど、今思えば、それを言うべき相手は私じゃない。
別に私が大記録を達成したわけじゃないのだ。
恐らくはメジャー挑戦前最後になるであろう2023年の9月。この地でノーヒットノーランを達成したのは、他でもない山本で。
「………そっか」
――そうだ、山本、今すごいことしたんだ。
その瞬間をこの目で見ていたはずなのに、なぜか実感が湧かない。
「A！」
歓声に包まれる球場の中、1人動けずにいると、不意に肩を掴まれた。
顔を上げると山本がいる。びしょ濡れだ。見たこともないくらい笑って、弾んだ声で私の名を呼んでいる。
「ぁ、……」
「ね、ちゃんと見とった？」
「う、うん。見てた。あの、」
「お前さ、すんごい顔してずっとこっち見とったやろ。打たれたら泣くんちゃうかってくらい」
「あの、」
「だからどうにかしたろって思って、」
「あの！！」
思った数倍は大きな声が出て、私は、興奮気味に捲し立てる山本の腕を掴んだ。
荒く息をする山本と目が合う。今まさに大記録を打ち立てた日本のエースだ。球界の至宝として安心してアメリカへ送り出せる、もう現れないんじゃないかって逸材。
今日、スタンドにはメジャー球団の関係者が多く視察に来たらしい。
私はそれを聞いて、何となく嫌だと思ったのだ。
メジャーに行くって、それはつまりお別れだ。山本はアメリカに行って、もう気軽に会えなくなる。テレビで活躍を目にするだけの人になる。数少ない友人の1人が。
それが何だか嫌で、行ってほしくないなんて自己中心的なことさえ考えて。
でも今日、山本は偉大なことをしてしまった。メジャーに向けてアピールするこんな絶好の機会にノーヒットノーランだ。
「ぁ、………あの、」
言葉が詰まる。
素直に喜べない自分がいた。数ヶ月先のことを思って、何だか不安に駆られてしまって。
――ああでも、やっぱり。
「お、………おめでとう、………すごいよ、本当に」
胸が弾むような興奮は隠しきれない。
何かを堪えながら辛うじて言葉を紡ぐと、山本はニッと笑った。
笑って、それから思いっきり私を抱きしめた。
ちょっとだけ泣いた。お別れしたくないなって、そんなことが頭を過ぎった。
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作者名：あちちっ！ | 作成日時：2023年8月11日 14時
