〈 今日は誰の日？�� 〉 ページ2
.
3月16日。
WBC準々決勝、イタリア戦当日。
負けられない戦いが始まる今日この日、練習場を覗き込むと、大谷さんがバッティング練習を行なっていた。
「……よくがんばるなあ」
なんて、そりゃあ頑張るしかないのだけど、改めて感じる彼のストイックさに声が漏れる。
6年前からずっとそうだった。
大谷さんは他人の倍バットを振って、他人の倍ボールを投げる。
いつか壊れるんじゃないかとあの頃から心配したものだが、それが今やメジャーの大スターだ。人間性に全く成長が見られないこと以外短所が見当たらない。
「A？」
と、何なら退化してさえいるような彼の精神年齢を残念に思っていると、大谷さんがふとこちらを向いた。
目が合うと、彼は「何してんの？」と楽しげに笑う。笑い方も6年前から変わらない。
「……何って、大谷さんが『来て』って言ったんでしょう」
「出てこないで何してんのって意味だよ」
「邪魔しちゃ悪いと思ったんです〜〜」
仮にも今日の先発なわけだし。そんな気遣いも露知らず、彼はちょいちょいと手招きをする。
渋々近寄ってやれば、何が楽しいんだかまたにっこりと笑って。
「来ないかと思った」
「……流石に呼ばれたら来ますよ」
目を細め、私の頭をわしゃわしゃと撫でた。痛い。……この他人のことを何も考えていないような力加減も6年前と同じだ。
「何の用で呼んだんですか？」
「ん？別に。隣いてくんねえかなと思って」
「えっ、私置き物で呼ばれたんですか？」
思わず眉を寄せ、対照的にニコニコの大谷さんを見やる。流石に何か大事な用でもあるのかと思ったのに。気まずさを押し殺して来た理由が皆無なんですが。
「はは、違えよ。約束したじゃん」
「……約束？」
「そ。オーストラリア戦の時にさあ」
と、そこまで言われてやっと思い出す。
その日先発だった山本と一緒に過ごしたあの日、確か大谷さんに呼び止められたのだったっけ。「準々決勝は俺の日でいいんだよね？」なんて、そんな宣言付きで。
まさか覚えているとは思わなかった。……私はその後の諸々ですっかり忘れていたから余計に。
「今日は試合始まるまで俺と一緒ね」
「……あれって冗談じゃなかったんですか？」
「言わねえよ、そんなの」
6年前から冗談ばかりだったじゃないか、なんて言葉は飲み込んで。
約束してしまったものは仕方ないと頷き、彼を見上げる。妙に幸せそうな顔が、何だか癪に障った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 3531人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：あちちっ！ | 作成日時：2023年8月11日 14時
