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◇
私の中の命は大きく育ち、やがて産まれました。
男の子だったというのは分かっていますが、その子供に名前をつける気力もなく、子供は娘だけで手一杯でした。
いつのまにか体の関係を持った男が家に上がり込んでいました。私は特に何もしませんでした。
それがきっと、私の過ちでした。
娘が、逃げたのです。私の元から、私たちの元から。名前もない弟を抱きしめて、必死に小さな体を守るように、確実に地面を踏み締めながら。
そんな後ろ姿を見つめて、私は追いかけるべきだったのでしょうか。しかし少し前に向けられた、怯えたような目を見てしまえば、私は母ではなくなってしまう気がして、追うことが出来ませんでした
なにより、そんな資格は私にはないと、心のどこかで理解していたのだと思います。
男が娘を追いかけようとするのを必死に止めました。あの子はやっとここから巣立って、自由な生活を送るのだろう。
私にはもう、私が分からない。私は私では無い、娘を愛していた頃の私では無いのだから。
「…A？」
「…覚えていたんですね」
覚えているも何も、私の中であの子供はいちばん綺麗な姿で止まっているのだ。
まるで天使のような子供だった、そう、だったというのに。
目の前の子供は何故か目が澱んでいるような気がした。
どうしてここにいるのか、そう訪ねると任務内容は秘密だとほくそ笑まれてしまう。
A、A。私の可愛い子、私の世界でたった1人の、大好きな娘。
あなたは一体今、どこにいるのでしょう。どこで一体何をしていれば、あなたはそうも黒く染ってしまうのでしょう。
「ふ、…ふふふ、ふはははは！！面白いご冗談を…私の肉親は‘’ルッチ”一人、あなたの様な女は知らない」
「ぇ…？」
彼女は、私を覚えてなどいませんでした。私が小さく声を漏らした瞬間、ほんの一瞬だけAの瞳が揺れた気がしました。でもそれはきっと思い違いで、私の気持ちが伝わったと思ったのも、きっと思い違いで。
「…さようなら、おかあさん」
「…」
謝ることすらおこがましいことだと、分かっています。
母親失格であることも、随分と前から理解していました。それでもこれだけは忘れないで欲しいのです。
愛していたかったのです、例え意識が乗っ取られようとも、例え人格が分裂しようとも、僅かでもあなたを愛そうと、心の底からそう思っていたのです。
ある母親の独白。
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作者名：Strawberry | 作成日時：2023年3月29日 16時
