羅刹の幻影は囁く part11

【FAMILY】29 ページ45

ASIDE


ピッと電話を切った後、身体を脱力させ壁にもたれ掛かる。
たった数十分、いや数分に等しいかもしれない電話。それなのにこれだけ体力を使う。
緊張感と恐怖心から解放され重たく息を吐いた。

こんな疲れてる時に限って……なんで、


『目の前にアンタがいるんだろうか』
依織「顔色ごっつ悪いから心配しとんのにその態度か？素直やないなぁ。ほら」


「手ぇ貸したる」と手を差し伸べてくる。いつもだったら振り払うけど今は脱力しきっているから有難く貸してもらった。素直に礼をいうとニヤケ顔で帰ってきてムカついたけど。


依織「誰と電話しとったん？」
『関係ないでしょ』
依織「いやいや気になるやろ」
『だとしても聞かないのがモテる男ですよ』


はぁと息を漏らした時、廊下の奥の方から騒がしい罵声が聞こえてきた。


依織「試合前に元気やな」
『止めに行かなくていいんですか』
依織「それはこっちの台詞やな」
『藪蛇を叩かない方がいいです』
依織「それもそうやな。あーいう言い合いは話し合うか拳で語り合うしかないやろ。ま、乱闘になったら流石に止めにいくけどな」


ハハハッと笑い事じゃない事を笑っている。
あの怒声……最初が壱で後が珂波汰のだな。壱があんだけ怒る相手は…詩音以外にいない。また仕事でCLUBに来てたんだな。



『何も聞かないんですね』
依織「聞いたら嫌がるやろ？惚れてる可愛い子のいやーな顔は見たないわ」
『口塞ぎますよ』
依織「んー？何で？」
『糸と針』
依織「縫い付けとるやん」


「怖い怖い」とわざとらしそうな身振りをするこの人に舌打ちしてしまうのは仕方ない事だろうか。裏で調べてる感じでもなさそうだし…私がこの間言った事を気にして聞かないのか。変な所で律義だ。


依織「大事なもんやったら、自分の手元置いといた方がええんちゃうの」


背を向けながら私にそう言った依織さん。
言葉の意味を理解し目を伏せ、彼の隣を通り過ぎる。
騒がしい廊下の方とは違い、真反対の出入り口の方へ歩きながら、一度立ち止まった。


『それが出来れば苦労しないでしょ』


お互いに、と囁き、出入り口の方へ歩き出す。
「難儀やなぁ」と彼のぼやき声を背にしつつも、一度も振り返らず客席の方へ向かった。

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