羅刹の幻影は囁く part10

【295】＿＿アンSIDE ページ38

家を出て、BAEとしてアン・フォークナーになった今でも、僕はそう考える事がある。
ふいに鏡を見て、長い髪をしている僕を見ると「あ、髪を切らないと」って思ってしまう事がある。それは、ずっとママの支配を許していた僕がまだ消えていないからだ。


一歩、たった一歩踏み出すだけで、世界はまるっきり違う。
色見の少ない僕の世界はその1歩を踏み出しただけで色とりどりで鮮やかで、まるで沢山の服が並ぶショーウィンドウみたいなものになった。




ねぇ、A。
CANDYでバイトしている君に会った時、僕になんて言ったか覚えてる？



＿＿『ならいいじゃん、実際に似合ってて、綺麗なんだし』



何となく言ったその言葉は、僕が一番欲しい言葉だった。
今の僕が賞賛される言葉を聞くと、「今の僕は本当に好きな僕なんだ」って自覚できる。
アレンが夏準に自分の音を「いいですね」と言われて、心が救われたって言っていたのと少し似ている。


安心できたんだ、僕は。
僕を否定した過去を振り返らず、前を向けているんだって。



『…アン？』
アン「僕にとってAは、ちゃんと女の子だよ」
『え？』
アン「ちょっと変で、乱暴で、抜けてて、割と天然って感じするけど」
『え、悪口？』
アン「コード付きとか、周りの人とかそんなの関係ない。ただ１人の月夢Aとして接してる」



「それだけは忘れないで」と、縋るような言葉を彼女に吐きかける。


コード付きと周りから揶揄されてきた彼女に僕の言葉なんてただの偽善と思われるかもしれない。だけど、伝えておきたい。ほんの数か月前に出会っただけだ、１，２回買い物に出かけたくらいの仲だ。


それでも、この短い間で見てきた君を否定なんてさせない。したくもない。

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