電話 ページ1
会社からの電話。シチュエーション的には何もおかしくない。
でも……潤に何かあったのでは？ と不安になる。
「もしもし……」
『松本さん、少し様子がおかしいんです。こちらにお越しいただくことは可能ですか？』
今すぐ行きます、という言葉をなんとか飲み込んだ。
様子がおかしい……。
それは多分、会社に伝えてないことがあるからで。
潤は、新しい記憶を作ることができないんだってことを、言っていないから。
私が行けば、すべては解決するだろう。
でも、それじゃあ、潤は……。
潤の決意が、覚悟が、無駄になってしまう。
「あの、ノートを見るように伝えてもらってもいいですか」
『ノート、ですか』
「はい。多分、そうすれば、大丈夫なので」
戸惑った様子で、電話は切れた。
時間の経過からみて、潤は自分が何をしにここに来たのか分からなくなっている。
だから、ノートを見せてあげれば……。
頑張れ。出来るよ、潤なら。
届かない頑張れ。根拠のない出来るよ。
もどかしかった。
やっぱり一緒に行って、隣にいてあげればよかった。
そうも思うけど……。
潤を守ってあげられるのは私しかいない。
それと同時に、
潤の背中を押してあげられるのも、私しかいない。
また落ち着かない待ち時間が続くのかな、と思っていたら、すぐにスマホがなった。
二宮さんからだった。
メールが入っている。
『潤くん、もう大丈夫そうです。
僕のことも名前を言ったら思い出してくれました。相葉のことも紹介できましたし』
そのあとに、控えめなお願いが付け加えられている。
『やっぱり、潤くんのこと迎えにきてもらえませんか。
一人で帰せない、とか、そういうことじゃないんです。ただ、潤くん、すごく寂しそうに笑うんです。
だから、僕のわがままなんですけど、Aさんが来てくれれば自然に笑ってくれるかなって。
迎え、なんて名目じゃなくていいんです。どこかによるために迎えに来た、みたいな感じで。
勝手なこと言ってすみません』
長いメールを読み終えて。
二宮さんの想いが痛いほど伝わってきて。
二宮さんは、なんで私が一緒に行かなかったか分かってくれている。
それでいて、私がそっちに行きたいと思っていることにも気づいてくれている。
『わかりました。迎えに行きます。
潤をよろしくお願いします』
そう返信して、家を出た。
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作者名：恩田 | 作成日時：2016年8月4日 10時
