藤の花を添えて (ページ5)

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江戸から御屋敷に戻る途中にある小さな神社。その手前でAは足を止めた。

夕方になると不気味な雰囲気を醸し出す神社の通り道が、昔からAは苦手だった。

『大丈夫、大丈夫』

ふう、とひとつ深呼吸をしたAは意を決して足を進める。下を向いて、なるべく神社の存在を意識の中から追い出した。

すると突然、道端の草むらからガサガサと大きな音がした。反射的に顔を上げてそちらを見る。胸に手を当て、跳ね上がる心臓を必死に落ち着かせた。

" にゃあ "

『へ、ねこ … ？』

よく見ると、草むらの中から小さな顔を覗かせた猫がいた。くりっとしたふたつの目に、思わずAは近寄った。

『君、どこから来たの？』

Aの問いかけに返事をするように、猫はまたにゃあと鳴く。

Aはそっと手を伸ばした。けれど猫はふいっとそっぽを向いて歩き出す。

『ちょっと、待ってよ。どこに行くの？』

夢中になって猫の後を着いていく。

Aから逃げることなく、ただ、その猫は振り返ることなく歩いていく。

気がつけば、祠の目の前まで歩いてきてしまった。木々に囲まれたその空間は、生ぬるい空気が漂っていた。

『ん、どうしたの？』

今度はAの足元に擦り寄る猫。

このたい焼きを食べたいのかな、そう思ったAは紙袋を開けてまだ温かさが残るたい焼きを一つ取り出した。

『これ食べたいの？君、たい焼き食べれるの？』

Aはその場にしゃがみ、手に取ったたい焼きを猫に差し出した。

その時、Aは何かの気配を感じた。確証はない、ただ祠の向こう側に、"誰か"がいる気がした。

空気が一気に変わる。そっと吹いた風に背中を押されたように、Aはゆっくりとそちらに近づいた。

『誰かいるの？』

返事はない。確かにいるはずなのだ。そこに"息"を感じた。

ぐっと、拳を握る。握った拳が、汗で湿っている。

意を決して、足を進め祠の向こう側を覗き込んだ。

『えっ … ？』

Aは目を見開いた。

そこには、少年が2人肩を寄せて座り込んでいた。

Aを見上げる眼差しが、ひどく鋭く、冷たかった。