生きる恋を、大きくなる愛を【短編集】 (ページ16)

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雨の日限定特等席(純喜) ページ16

｢お前また傘忘れたん？｣
『朝急いでたから仕方ないじゃん！』
｢しゃあないなあ、ほら、俺の入りぃや｣

雨の日に恒例になったやりとり。

純喜は知らない、私がわざと傘を持ってきてないってことに。

朝から雨が降っていればさすがに持ってくるけれど、天気予報士のお姉さんが｢午後から雨が降るでしょう｣と言うたびに心の中でガッツポーズをする。

帰宅方向が同じ私達。高校に入ってから仲良くなり、今ではお互いいちばんの友達だと言える。

2年生にもなれば、私達が一緒にいる姿は見慣れたものになっていた。

… 本当は、友達止まりじゃ嫌なのに。

周りの変化に敏感で、些細なことに気づくのは人一倍早いくせに自分に向けられた好意には微塵も気が付かない鈍感男。

文武両道、性格良し、ルックス良しのこの男は先週も後輩に告白されたらしく｢俺全然あの子の気持ちに気づかんかった。いつからなんやろ｣とフった側のくせに随分と落ち込んでいた。

どんだけお人好しなの。そのお人好しさに何人もの女の子が泣いてきたことか。

鈍感男に私の気持ちなんか知られるはずもなく、ただ毎日が過ぎる。

｢いい加減傘持って来ぃや｣
『そんなこと言って、私とこうやって帰るの案外楽しいでしょ』
｢調子乗んなアホ｣

言葉には棘があるけど、その横顔は穏やかに笑っている。私が濡れないように傘を傾けて、自分の片肩が濡れることを気にしないその優しさも大好き。

『純喜の傘は私の特等席だね！』
｢んな特等席あってたまるか｣
『えー、私はけっこう好きだけどな、ここ』

精一杯、今できるアタック。けれどそんな私の気持ちに気づくわけもない純喜。

なんやそれ、とまた鋭いツッコミが来ると思っていた。

｢まあでも、別に悪い気はせぇへんけど｣

いつもは鼓膜が破れそうなほど大きくて元気な純喜の声が、ごにょごにょと小さくなる。

頭一つ分ほど高い場所にある彼の顔を見た。

『ちょ、急に照れるのやめてよ』
｢べ、別に照れてるとかないから！ほんまやめてや｣
『 … そんな顔赤くされて言われてもね』

落ちる雨音も、車が弾く水しぶきの音も一瞬で消える。

今私の耳は、あなたの声しか拾えないらしい。

『ねえ、純喜』
｢うん？｣

『私ね、純喜のことが』＿＿＿＿

雨の日に限らず、あなたの隣ごと私の特等席にしてよ。