７８◇羽生くん視点 ページ28
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【side-Ｙ-】
自分でも信じられないくらい、動揺しているのがわかった。
その場に立ち尽くして動けない。
押し寄せてくるのは虚しさというやるせない感情だった。
出会ってから何年も経ってるし、たくさんのAを見てきた。
だけど、あんなにつらそうなAの涙は初めて見た。
胸をかき乱されるようなその表情を、無理矢理引き出したのは誰でもない自分で……。
無意識に握りしめた指先を見つめ、そっと開きかけたとき、廊下から響いてきた声に我に返った。
「Aちゃんっ！！」
ノブくんの声だった。
「ちょっと、誰かいないの！？誰か！！」
続いて聞こえたその言葉にただならぬ気配を感じて、控え室を飛び出す。
ほんの短い距離が恐ろしく長く感じた。
行き着いたその先に見たのは、ノブくんが抱き起こすようにして倒れているAだった。
「ゆづくん！」
ホッとしたような表情のノブくんとは対称的なAの色を失った青白い顔に、背筋が凍り付く。
「A……」
ぐったりと横たわる、動かない身体。
込み上げてくる恐怖が全身を覆う。
ずっと無理してたのを知ってたくせに
なんでさっき気付いてやれなかった？
俺はAの何を見てたんだ？
自分の腑甲斐なさに体が震えた。
「ゆづくん！ 何ぼーっとしてんの？！」
「どうして……」
「早く責任者に連絡入れろって、聞いてんの？ ゆづくん！」
Aを抱いたまま叫ぶノブくんの声にやっと我に返る。
「あーもうっバカ！俺が連絡するから、ゆづくんAちゃん抱えてて！」
慌てて抱きとめたその身体は軽くて、細い肩の感触が心もとなかった。
縁取られた輪郭にそっと触れてみる。
その頬に残る涙の痕に胸が締め付けられた。
A
ねぇ、目開けてよ……。
さっきのこと、ごめん……ごめん……。
A、A……。
「ちょっ、そんな強くしたらAちゃんが苦しい…って、ゆづくん？……泣いてんの？」
ノブくんの言葉に、無意識に溢れていたらしい涙を慌てて拭う。
自分でも驚いた。
「な、なんでもない。早く電話入れて」
「ああ、うん」
隣でスマホを手に慌てるノブくんをぼんやりと見る。
俺はどうすることも出来なくて、ただ頼りないAの身体を守るように、強く抱きしめていた。
腕の中のAが近くの病院に緊急搬送されたのは、このすぐ後だった。
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作者名：mirin | 作成日時：2021年3月8日 0時
