73◇羽生くん視点 ページ23
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翌日、早めにリンクに向かったのは思いつきだった。あまり眠れないまま朝を迎えた。
集合時間までには随分余裕があったから、個人パートを練習しようと思い立った。
晴れない気分をどうにかしたい、そんな気持ちも正直あった。
<act.13>
【side-Y-】
昨日、弱っている自分を昌磨に見せたくなくて、なんとか続行したゲーム大会だったけれど、結果は散々だった。
なんとか2位は死守したものの、昌磨との試合には負けて、優勝は後輩に持って行かれてしまった。
まぁ、これで優勝したのが昌磨だったらもっとへこんでるところだけど。
ガキっぽいプライドだな……自分でも呆れる。
受付を通ったところで、このリンクの管理スタッフに声を掛けられた。
「おはようございます。羽生くん早いね、まだ一人しか来てないですよ」
「誰か来てるの?」
「結構前から来てましたよ。女性でしたけど」
誰かはすぐにわかった。
「……あのスケートバカ」
確信を持ってゆっくりとリンクに向かう。
けれど覗いた視界に人はいない。
控え室……戻ったのかな。休憩してる?
俺は控え室に向かう。ドアは開いていて、電気の明かりから人の気配があった。
開いているドアをノックして中に入る。
「おはようございまーす……?」
小さく声をかけて一歩進んだところで、やっと部屋の隅にある気配に気付いた。
簡易ソファにもたれて眠る、Aだった。
滑り疲れて眠ってしまったのか。一体いつから来ていたのか。
バカ…、ちょっとは身体休めろよ……。
無防備な寝顔に溜め息が出た。
ゆっくりと前にしゃがみ込んで、乱れた前髪をそっと梳いてやる。
むず痒いのか睫毛が震えて、一瞬指先が緊張する。
起こさないようにゆっくりと隣に座って壁に背を預けると、聞こえてくるのは規則正しく紡がれる寝息。
ただ黙って聞いているだけで、安心感が溢れてくる。
傾いた身体がゆっくりと俺の肩に触れた。
温もりを探すように頬を預けられて、心臓が小さく跳ねる。
肩から伝うAの体温が、じんわりと染み込むように心を満たしていく。
そんな感覚が心地よくて目を閉じると、ゆるゆると睡魔に引き寄せられる。
身を任せてしまうことにした。
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作者名:mirin | 作成日時:2021年3月8日 0時