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「Aちゃん、ちゃんと食べてる?」
練習中に織田くんに呼びかけられて顔を上げる。
「え? 食べてるけど?」
とは言ったものの、最近どうにも食欲がなくて、あんまり食べられてなかった。
フィギュアスケーターとしては、もう少し痩せた方がいいからいいのかもしれないけど。
「なんか最近また痩せてない?」
「そう……? 気のせいじゃない?」
「ん〜。俺の勘違いならいいけど……」
織田くんの言葉に曖昧に笑ってみせた。
実際のところはここ数日で体重が落ちてきているのは事実で、織田くんの言う「また」とは半年ほど前に少し痩せた時期があったから。
それはちょうどゆづくんのことを好きなんだと自覚した頃だった。
最近、連日のレッスンとアイスショーに向けての体力作りで相当な体力を使っているはずなのに、あまり食欲がなかった。水分ばかり取っている気がする。
なんか胸がいっぱいで……入っていかない。
そんな状況を悟られたくなくて、冗談めかして言う。
「織田くんは食べ過ぎないようにね〜」
「あ!ひどい!俺も気をつけてるから!」
「あはは、ごめんって」
ふざけて笑い合っていたところに、到着したらしいゆづくんの、挨拶をかわす声が聞こえてきた。
心臓がどきっとした。
「おはよーございまーす」
視界に飛び込んできた笑顔が眩しかった。
「あ!ゆづくん来た! ねー俺の衣装なんだけどさー」
「ノブくんの衣装とか心底どうでもいいなー」
「ひど!ひどい!心の声抑えて!」
二人のやり取りに周りからも笑いが起こる。
なんだか、和やかな感じ。
ゆづくんがいると、その場が明るくなる。
そんな様子を眺めていると突然インストラクターの一人から驚きの声が聞こえてきた。
「あれ、羽生くんどうしたのこれ?」
「あ〜、昨日ちょっと殴り合いの喧嘩しちゃって……っていうのは嘘で、寝ぼけてぶつけちゃって」
さっきは気付かなかったけど、見るとゆづくんの口元がうっすら赤く腫れている。
「え〜!ゆづくんのお顔に〜! 気をつけなよもー!」
「キモいからノブくん……」
「だから心の声をさ!」
「ウザイからノブくん……」
「ヒドイ!」
慌てる織田くんを相手に、ゆづくんはまたおかしそうに笑った。
ゆづくんが寝惚けるなんてあるんだ……。
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作者名:mirin | 作成日時:2021年3月6日 15時