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「A」
突然名前を呼ばれて心臓が跳ね上がる。
顔を上げると、ゆづくんは目を開けイヤホンを外しながらこっちに視線を向けた。
「な、なに？」
あわてて返事を返したけど、うわずった声が出てしまったかもしれない。
一瞬の沈黙、それすらも怖くて慌てて言葉を続ける臆病な私。
「どうかした？」
「さっきさ…」
♪♪♪♪〜
心臓が止まるかと思った。
間をおいて言いかけたゆづくんの言葉は、突然鳴り響いたスマホの着信音に遮られてしまった。
流れ出したメロディーは私のスマホじゃない。
「あ……ごめん。俺の」
上着のポケットからスマホを取り出すと通話をスワイプして耳に当てるゆづくん。
私は気付かれないように小さく息を吐く。
正直助かったけど、同時にたまらない気分になった。
「もしもし…うん。今帰ってる。うん、どうかした？」
内容まではわからないけれどスピーカーから漏れてくる女の人の声とゆづくんの声の柔らかさから、相手が彼女なのだと直感した。
最近連絡とってないって言ってたけど、仲直り…したのかな……。
聞きたくないという思いとは無関係に、言葉は容赦なく流れ込んでくる。
また胸が痛む。ぐっと唇を噛みしめて痛みを紛らわせようとするけど、うまくいかない。
「うん、その話は今度ちゃんとする……。でも俺の気持ちは変わらないから……うん」
気持ちは……変わらずに……好き？
緊張に固まったまま、ゆづくんの言葉にいちいち反応する自分が情けなくなる。
繰り返されるやさしい相づち。
やばい……泣きそう。
堪らなくなって運転手さんに伝えて車を降りようとした時。
「わかった。じゃ、こっちから連絡する」
そういって電話を終えたゆづくん。
ほんの短い時間がすごく長かったような気がする。
私は呼吸の仕方を思い出したように深く息を吸って、こみあげてくる涙を堪えた。
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作者名：mirin | 作成日時：2021年3月6日 15時
