審神者はじめました。【男主】 (ページ19)

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有るものと無いもの一期一振side ページ19

遠征から帰ってきて、大広間で寛いでいた時。
主殿がやってきて、特技らしい記憶力で刀の傷を発見する。
なんと素晴らしい力、これがあったなら弟たちの怪我もすぐに知ることができる。
そう軽く考えていたのだが。

「どうかしましたか？薬研」

手入れ部屋へと去っていった主殿の方をじっと見つめていた弟に気がつく。
呼び掛けに振り向く薬研の表情は、いつもより暗く。

「いち兄は大将のあれ……どう思った？」
「素晴らしい力だと思いますが……何故？」
「俺っちもすげぇって思うけど……
一回見たら覚えちまうってのは……嫌なことも一緒だよな？」

そこまで言われて、ハッとした。
彼は確かに【良いことばかりじゃない】と言っていた。
もしかしたらもう既にその経験があるのかもしれない。
どうやら俯いた弟は、私の一歩前の事柄を見ていたようだ。
そのことが嬉しくもあり、自分が情けなくもあって、苦笑しつつ、頭を撫でる。

「そうですね……
ですが、力とはそういうものです」

【誰かに無いものがある】ことは、同時に、【誰かに有るものがない】ことなのだ。
力を有するものは、同じくして何かを失う。
友や親類、絆や感情、記憶や機会……
私も、その１人だ。

ただ強いて言うことがあるとすれば。

「私はお前達がいたから、ね」

何を失ったかではない。
何を手にしているのか、なのだ。

手に取った水が滴り落ちるのを量るのは難しいが、残ったモノを数えるのは易しい。

私の場合は前者が記憶で、後者が弟だった。
それだけなのだ。
それに気づけたからこそ、私は今こうしてここに在るのだ。

あの主殿にとってそれは何なのだろう。
私にはわからない。
でもそれは私が分かるから、といって手を加えていてはいけないのだ。

「いち兄……俺っち、大将になんかしてやれるかな……？」

見上げる弟は愛らしく、そして優しい。
その問いを否定するのは、胸が痛むが、私たちに出来ることはないのだ。
ただ、唯一出来るのは。

「いつも通りでいいんですよ。
これは主殿が自ら進まれる道。
私たちは、その御身を禍物(まがつもの)から守って差し上げれば良いのです」

刀として、主の憂いを絶つ。
それが私たちにできる唯一無二の手助け。
主殿が助けを求めてくれば別だが。

わかった、と笑う薬研に微笑み返し、再度頭を撫でる。
いつもなら心地よいはずのその空気が、今は己の無力さを思い知らされて。
なんとなく苦いものが広がって顔をしかめた。