お隣さん、三十八日目。 ページ41
その日はたまたま定時に帰れたので、フジ君を訪ねてもいいかもしれないと、心の奥底で思った。
最も、思っただけだけど。
でも、このまんまじゃいつまでも気まずいままだ。
どっちかが動かないといけない。
連絡くれたのは向こうだし、今度はこちらから出向かないとという意味の無い使命感を胸に、私は意を決して彼の部屋の呼び鈴を鳴らした。
暫くして、『はーい』という返事と共にドアが開いた。
目の前のフジ君がびっくりしたように私を見ている。
「……Aちゃん」
「フジ君。……単刀直入に聞きます。千夜ちゃんとは、別に何も無いんだよね?」
「……多分長くなるから、入って」
フジ君は、珍しく無愛想に言い放って、ドアを少し大きく開けた。
仮にも浮気疑惑のある彼氏の家に上がり込むあたり、私ももう末期かもしれない。
「……お邪魔します」
「座って」
フジ君の部屋は、前と変わらない。
引っ越してきてから結構経つけど、綺麗なままだ。
この人は几帳面なんだろうな。
「改めて聞くけど、千夜ちゃんとは何も無いんだよね?」
「Aちゃん。落ち着いて、聞いて」
いつにも増して冷静で、どこか冷たい声音に息を呑んだ。
今にも冷や汗が垂れてきそうなくらい、私の体は緊張で強ばっている。
「千夜ちゃんはね、俺の……
『元カノ』なんだ」
その瞬間、鈍器で強く殴られたような衝撃を感じた。勿論、誰にもそんな事はされてないけど。
そっか。千夜ちゃんは元カノだったんだ。
なんだか吹っ切れた気がして。
重い女だと思われてもいいと、私は一切合切、全て吐き出すことにした。
「そうなんだ。寄り戻したかったなら言ってくれればよかったのに。千夜ちゃんの方が可愛いもんね。優しいもんね。私なんかお荷物でしょう?」
一番言いたくなかったし、認めたくなかった。
ここでフジ君が頷いたら、私はこの場で壊れてしまうことが確信出来る。
「……ほんっとにお前って馬鹿みてぇ」
いつにも増して乱暴な口調で答えられた。
馬鹿とでも何とでも言えばいい。
千夜ちゃんのとこに戻りたいなら戻ればいい。
「私は……幸せになって欲しいだけなの。フジ君に……」
気付けば涙が溢れ出していた。
泣くつもりなんてなかったのに。
ダムが壊れたように、とめどなく溢れ出す。
拭っても拭っても意味をなさない。
「そっか。なら、俺と一緒にいてよ」
普段の優しい声音が頭上から降ってきて、
思わず顔を上げた。
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作者名:緋奈香 | 作成日時:2019年8月13日 6時