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「今からお前を誘拐する。」
「……は?」
「返事。Noならそのまま、この場から立ち去っていい。Yesなら、これ受けとって着替えろ。」
戻ってきた男が座ったままのミヒャエルの正面で跪いたかと思えば、突然そんなことを言い出した。
とりあえず、何を買ってきたのかと男の脇に置かれた紙袋の中身を覗いてみれば、自分の着ているものなんかとは違う、小綺麗な服が入っていて。
そしてそれを自分に、ミヒャエルに譲ると言っている。
訳が分からなすぎてこの男のパンを食ったことを非常に後悔したが、断ってもいいことがないのは分かりきっているので、ミヒャエルは大人しく男に従った。
人目を避けるように薄暗い路地へと入って、足元に紙袋を置く。
袋から中身を取り出したところで、男の視線はミヒャエルから外れた。
てっきり、見られているものだと思っていたのに。
着替えている間、男はミヒャエルを隠すようにして表へ繋がる視界を塞いでいたし、男本人の目線は向こう側の入口から動くこともなかった。
ミヒャエルが着替え終わってもなお気づかず、ぼーっと向こうの光を見ている男に、なんだかいたたまれなくなって着ていた服を紙袋へと突っ込んだ。
「お、終わったか。」
ガサガサと鳴る紙袋の音で気づいたのか、こちらを見下ろしながら間抜けな声色で男が言う。
その声にミヒャエルが控えめに頷けば、男はそれで満足したようだった。
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作者名:susu” | 作成日時:2023年8月18日 22時