20 ページ20
「甚八くんから遠回しに呼び出しがあったので、向かってる途中だったんですけど。」
眉を下げ困ったように笑いながら、依岡はぺたぺたと足音を鳴らして帝襟の元へと歩み寄り、縮こまった彼女の目線に合わせて屈んだ。
「大丈夫ですか?」
「よ、依岡くぅん……!!」
情けない声を出して彼に抱き着けば、わぁと驚きの声が上がった。そのまま優しく背中をさすって、怖かったですねと宥めてくれるので、彼の優しさに甘えて更にぎゅうとしがみつく。
「俺、トレーニングルームから出てすぐなんで、だいぶ汗かいてますよ。」
上から降ってきた困ったような声色で我に返った帝襟は、ごめんなさい!と叫んで勢いよく彼から離れた。
「もう大丈夫です!ありがとうございます……」
「いえ、帝襟さんが大丈夫そうで良かったです。」
恥ずかしさやら申し訳なさやらが混ざっていたたまれずにいると、持ち前の人懐こい笑みを浮かべた彼にそう返される。その笑顔につられて微笑むと、彼は再び口を開いた。
「水周りが近いからかな。ああいうのはなかなか出ないはずなので、大丈夫だと思うんですけど」
念の為、気を付けてくださいね、と心配してくれていたらしい言葉を聞いて、帝襟は再度お礼を口にしながらその場を後にした。
依岡が通って来たらしいその道は、どことなく、先程までの廊下よりも澄んでいるように感じた。
帝襟が立ち去るのを見届けてから、依岡は再び歩き出す。
他人には分からないよう、内輪話を織り込んでまでして自身を呼び出した彼の元へ向かうために。
曲がり角をいくつか曲がると、今度は誰もいなかった。
62人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:susu” | 作成日時:2023年4月15日 14時