Narzisse IV

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Klingelton ページ25

既に暗く陽も落ちきり、雨が降り、雷までもが鳴り出した夜。
アカデミーの学舎に併設されている寮、学生時代からずっとそこに住んでいる宮近の部屋があった。夜も深く朝を迎えようとしているにも関わらず書類を広げ眉間を顰める宮近に扉を叩く音が響く。
夜分遅くの来客に、宮近は広げていた書類の山を軽く纏めると部屋の扉を開いた。

｢はい………、ってなんだ渡辺上等じゃないですか。｣

雨に打たれたようで服も髪も濡れきった渡辺の姿に宮近は驚いたように部屋の奥へ戻ると、洗濯籠の中から乾いたタオルを抜き取った。呆然とする渡辺の頭部からタオルをふわりとかけた宮近は水滴を拭うようにそれを動かした。

｢ちょっと、渡辺上等? 翔太くん? 急にどうしたんですか。ほら、ちゃんと拭いてください、風邪ひきますよ、ね。｣

俯く渡辺を宮近は不思議そうに見つめた。
視線を合わせようと渡辺の顔を見上げた宮近は赤く染まる両目と視線が交わると、数度瞳を瞬かせた。

｢しょう、たくん? ｣

宮近は当然の如く見慣れている筈の、喰種特有である筈の、赤黒く染まりきった両目に驚きを隠せなかった。

｢翔太くん、その目、どうしたんですか、どういうことですか。ちゃんと説明、してくださいよ、ねぇ。｣

宮近は渡辺の肩を揺さぶった。
何も答えない渡辺に宮近は縋るように渡辺を抱き寄せた。渡辺の体に伝う水滴が宮近の体を濡らしていく。
渡辺は抱き寄せられた体を優しく突き放した。頭から掛けられていたタオルを宮近に押し付けると、渡辺はこれが最後の会話とでも言うような表情を宮近に向けた。

｢宮近、涼太のこと頼むね。｣

宮近は堕ちていった愛する月にとっての太陽を思い出した。雷雨に打たれたはずの花が赤く染まりきるまでのカウントダウン、去りゆく渡辺の背中に宮近は手を伸ばすことしか出来なかった。