2話 ページ3
『こうやって生きていくって決めてから、ずっとこうだから、もう元の自分がどんなのだったか忘れちゃったの。
演じてる…、わけではないっていうか。これが私の、「当たり前の自分」なんだ…。
これが私の生き方。
…自分でもよくわかんないんだけどね』
苦しそうに、困ったように笑う顔なんて、初めて見た。
「…なるほどな。そういう人も、おるんやな」
『うん。だからいいよグルッペンくん。
私のことを好かないままで』
生き方が、こんなにも違うやつが身近にいるなんてな。
俺が思っていたよりも案外、Aは考えがあって、人間らしくて、強かった。
意思あるところに道はある、とはよく言ったものだ。
彼女の前には明確な道があった。
まあこういうやつは、結構好きだ。
「いや、今のその言葉で、お前を気に入った」
『え？
ふふ、そっか…。
…私もグルッペンくんみたいな人になりたかったな…』
「俺になったっていいことはない。怖がられるし、トン氏に怒られるし」
『えー、今の9割トントンくんに怒られるからだったよね』
「別に、そんなことは、ない。断じてない」
その気になれば、トン氏なんて簡単に見返してやれる。
『ふふ。
私ね、ちゃんと、ちょっとくらいは後悔してるんだよ？もっと平凡でダメダメな人間だったら、また違ったのかなって』
「どんな世界線でも、結局Aは頑張る人間になっていたと思うぞ。生まれてからの根本的な性格は、誰だって変わりようがない」
『そっか…』
「そうやって自分でも気づいてないような内面が、本当のお前なんじゃないのか？」
少なくとも、今のAは普段俺が見ているAとは、なにか雰囲気が違う。
『…私、これが素なんだね。
グルッペンくんの前でなら私、素直になれるかも』
「なら、それなら俺を好きなだけ利用するといい」
『利用かぁ。グルッペンくんらしい言葉だね。
…まあ、うん。わかったよ。ありがとう』
「すまん遅れてもうた！！」
静かだった部屋に、焦ったようなトン氏の声が加わる。
もう少し二人で話してみたかった、なんてな。
「なんだトン氏。わざわざ来んくても良かったのに、たまには休んだって構わないぞ」
「さすが無断欠勤常習犯は言うことがちゃうな」
「イヤァ〜…」
こういうところだゾ！
『ふふ。お疲れ様。でも、今日の仕事はある程度終わっちゃったよ？』
「まじか、頑張って来たんやけどなー」
二人で話すのは、またの機会でだな。
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作者名：煽田 -アオタ- | 作成日時：2022年6月19日 21時
