顔も知らない彼女〈フロイド・リーチ〉 (ページ8)

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鬱病になって、消えたいページ8

「………何が？もう、いいって言ってんじゃん」

何回言わすの、とオレはぶっきらぼうに言った。

ジェイドからこんな話をされるのは、今に始まったことではない。

小エビちゃんが記憶を失くしてから、何百回とされてきたのだ。

オレは溜め息混じりに、ジェイドに向き直った。

ジェイドは笑っている。ただそれは、いつもの物腰柔らかな微笑みとは違って、

どこかオレに似てる、勝ち気な笑みだった。

「Aさんとはもう何もないということですね」

「そうだっつってんじゃん。しつこいよ、何回も」

「どうでもいいと、」

「そうだって。何？何が言いたいの、」

いえ、別に？

そうは言うジェイドだけど、何やらおかしいようで、オレの言葉にずっと喉を鳴らして笑っている。

「本当に嫌いなのですね」

それは聞いた訳ではなかった。ただの、確認みたいに、

ジェイドの言葉にそっぽを向いて、「うん」と答える。ジェイドはまた、ふふ、と笑った。

「ではもしも、Aさんの記憶が戻ったとしたら、どうするのですか？」

その言葉に、オレはしばらく黙っていた。

「………もう、」

こぼれるように出てくる、そのことば。

ジェイドの顔など見向きもせずに、どこか遠い記憶を見つめるようにして、オレは自分に言った。

「………オレから、解放して、あげなきゃね…っ、」

廊下を歩く。

ふと見ると、向かいから小エビちゃんがひとりでに歩いてくるのが見えた。

オレたちは、ただ、すれ違うだけ。

そう思ったのに、

ぐっ。

「あ、………」

バランスを崩して、小エビちゃんが重心を失う。

ほぼ条件反射だった。オレは咄嗟に手を伸ばして、小エビちゃんを支えたのだ。

「ありがとう、ございます……、」

「…、あ」

びっくりしたような顔をして、お礼を言う。

小エビちゃんの瞳を見て、我に返った。

なにしてんの、オレ。

小エビちゃんは「すみません、」と謝って、オレからすばやく離れた。

オレはまだ手の感覚が掴めないでいたけど、ふいっ、と小エビちゃんを無視して、また歩き出そうとした。

そのとき、背中の向こう側から聞こえる、ふふ、という笑い声。

そして、言い放った。

「本当に、なにからなにまでありがとうございます。フロイドさん」

――――――――――――え？