手の届かないその距離で ページ6
「………上がったけど、」
オレはぶっきらぼうに言い放つ。それに、小エビちゃんはにこりと笑って返した。
今オレはオンボロ寮にいる。外ではあいも変わらず雨の音と、雷が響いていた。
肩にかけたタオルで髪を拭く。
服が濡れてしまったので、小エビちゃんから借りた白いワイシャツを着ていた。
小エビちゃんがカニちゃんたちから貰ったやつらしく、フリーサイズだったので背のでかいオレでも
着れた。
あまりに外がひどいので、今日はオンボロ寮に泊まることにしたのである。
ジェイドには連絡を入れておいた。
ちらり、とベッドを見ると、疲れたのかアザラシちゃんは既に寝ていた。
そういえば、と思い、聞く。
「なんであんなとこにいたの？」
「え？あ………」
小エビちゃんは少し言い淀んで、申し訳無さそうに笑って言った。
「本を、探してて……」
「本？」
「はい。元の世界に、帰るための」
どくん、と音がなった。
元の世界に、小エビちゃんは帰りたいのか。
以前はほとんど口にすることのなかった、“元の世界”という単語を聞いて、オレは固まった。
………オレが、小エビちゃんを縛っていたのかな。この、世界に、
そんな気が一度でもしてみると、なんだかひどく、自分が身勝手に思えて、オレは彼女に矢継ぎ早に言った。
「…オレもう寝るから、」
「え、？」
「床で寝てるから、起こさないでね」
「え、っ、………、」
そう言って、オレは床に寝転んだ。
少し硬いけど、まぁ一応マットも敷いてあるし、大丈夫だろ。
どうしていいか分からない風にして固まる彼女を置き去りに、オレは目を瞑った。
「ん、……」
意識が、浮上する。目が、覚める。
なんだよ……。もう、朝？
そう思って起き上がるが、大きな窓に映るのは雨と、ピカピカ光る空だけだった。
まだ止んでないんだ。
と、ベッドに視線をやる。
寝息を少しだけ立てながら、目を閉じてすやすや眠る、小エビちゃんの姿があった。
月の光に照らされていて、彼女だけ別世界にいるみたいだった。
ザ―――
雨はうるさい。だから今、何をしても、ばれないんじゃないかという気持ちがよぎった。
指先で、彼女の頬を撫ぜる。
オレの喉がごくり、と鳴った。そして、そのまま、
彼女に、キスを落としたのだ。
慈悲は虚像で応用に→←造作もない話をするならば、少しだけ傍にいて。
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作者名：かくも。 | 作成日時：2023年8月29日 16時
