あなたは寂しげに泣くけれど ページ8
*
レイは何時も難しい本を読んで、難しい顔をしていた。かと思えば目が文字を追うのをやめて、真剣に考え事をしている時がある。いずれにしても、彼の表情が和らぐのはママ以外の家族といる時――特にノーマンとエマがいる時、あの目はあたたかい感情を宿していた。
一度だけ聞いたことがある。レイはママのことが、嫌いなのかって。
そうしたらレイは瞬きの間だけ驚いた顔をして、すぐに取り繕ってそんなことないと言った。酷く優しい笑みだった。嘘だと、わかってしまった。
レイがママのことが好きではないのは、あの時のわたしにはとても寂しくて悲しいことだと思ったけれど、だけどあの優しい兄を嫌うことはない。わたしは何でも教えてくれる兄が大好きで、あの静かな雰囲気を持つ少年が好きで、わたし達に嫉妬してたあなたが悲しくて大好きだった。
きっとレイは自分でも気付いていなかったんだと思う。もしくは気付かないようにしてた。自分の心を守る為に。――今ならそれがわかる。
レイはずっと、素直にママに甘えられるわたし達を羨ましげに見ていた。そうだものね。覚えたくもない胎児の記憶をずっと引き摺って、全てを抱え込まなきゃいけなかったレイはどんどん保守的になっていった。切り捨てなきゃいけない家族が沢山いた。分厚く覆われた幸福の世界から、決して触れることのない死の声をずっと聞いていた。だからその煩音に狂わないように絶対に守るべきものを定めた。エマとノーマン。二人こそがあなたの支えだった。
それでも尚、わたしに優しくしてくれたあなたがだいすき。
くるりと、世界がまわる。
わたしは木陰に座って、歌を聞いていた。あどけなく、だけど何処か屈託した声。歌と一緒に、本のページを捲る音がメトロノームみたいに一定の感覚で流れる。青臭い草木の香りが鼻腔をつつく。
「レイ、レイ、なんのうた？」
「……さぁな」
そっけない声。穏やかな音色。朽ちることのない旋律。
ねだれば彼は何度でも歌ってくれた。レイがママのことが大好きなわたしに一番嫉妬してたのは知っていたけれど、それでも彼はわたしに優しかった。
「知らなくていいことだよ」
またくるりと、世界がまわる。
あなたはわたしを手招くけれど→←あなたは苦しげに笑うけれど(2)
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鈴(プロフ) - ぱんだ(梅乃)さん» ぱんださんの繊細で、胸がくすぐったくなるような優しい文章や、整った文体、考え抜かれた伏線や展開が大好きです……。これから時間があるので、じっくり読んできます……！ (2023年1月1日 11時) (
レス) id: 45bad0c26a (このIDを非表示/違反報告)
鈴(プロフ) - ぱんだ(梅乃)さん» お久しぶりです。かなり拙い文章だったと思うんですけれど、ぱんださんに読んでいただいて恥ずかしやら嬉しいやら……称賛の言葉を嬉しく思います。ここで話すことではないのは承知ですが、新作にしおりを挟ませていただいています。 (2023年1月1日 11時) (レス) id: 45bad0c26a (このIDを非表示/違反報告)
ぱんだ(梅乃)(プロフ) - 鈴さん、お久しぶりです。久しぶりに鈴さんの文章が読みたくなって読ませて頂きました。「あなたは母親ではなかったけれど」のお話が本当に、本当に好きです。相変わらず綺麗な文章で、特にひらがなに開いている言葉が最高でした。素敵な物語をありがとうございました！ (2022年12月31日 3時) (レス) id: 40823cea90 (このIDを非表示/違反報告)
鈴(プロフ) - 魔朝さん» 返信が遅れてすみません。コメントありがとうございます。泣いていただくほどに感情移入をしてくださったようで、作者冥利に尽きますね……。読んでくださり、本当に感謝です！ (2021年4月3日 16時) (レス) id: 74247163ce (このIDを非表示/違反報告)
魔朝 - もう………ホント………号泣……… (2021年2月21日 22時) (レス) id: b9388c91d5 (このIDを非表示/違反報告)
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