【文スト】続・優しい殺人鬼 【森鴎外】

　２１時 ページ19

「失礼するよ」


その声に、読んでいた本から視線を移す。


「今日は色々とすまなかったね」
「もう気にしてません」


疲れたと言えども、記憶を作ることは好いことだ。
これが、後の役に立てばいいが……


「そこでなのだけれどねえ……撮影を、したばかりなんだけれどねえ…」
「“なんだけれど”、何ですか？」


しどろもどろとした喋り方に痺れを切らし、催促をすると意外にすんなりと答えた。


「買い物をしないかい？」


何を


「服を買いに行きたくてね。もっともっと、今の君に一番似合う服を選びたいんだ」


思考に被せる様に言われた言葉に閉口する。

――今日、撮影したばかりなのに服を買うの？
――そしてまた撮影するの？？

――だから“しどろもどろ”していたの？？？

疑問が尽きない。


「約半年分の日数が経ったから、この機会にと思ったのだよ。でも、私は明日忙しいから一緒に買いに行くことができない。では、どうするか」


彼の意味深長な視線が、私に“解け”と言っている。


「……誰かに買いに行かせたりする、とかですか？」
「いや、それでは君に“ぴったり合う”服が分からない」


折角答えたのに、不正解とは。


「じゃあ、何が答えなんですか」
「Simply,my dear.(簡単なことだよ、君)」


手を合わせ、ゆっくりと彼は顔を上げた。


「私以外と一緒に行けばいい」


その表情は、したり顔と呼ぶべきか。


「大丈夫だ。どこの馬の骨だかわからないような人を充てたりはしないから、安心してほしい」


　


(感がいい人は分かる)

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