5両目 ページ5
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その人は空いた両手でつり革につかまって私を見下ろすように話す。
「いっつも行きはあの電車なの？」
「あの駅までバスなんですけど本数が少なくて、だからほぼ毎日あの電車に乗ってます。
混んでるからもっと早いのに乗りたいと思ってるんですけど」
気楽な感じで話しかけてくれるから人見知りな私でも話ができる。
「お家はどちらなんですか？」
「アナタの乗る駅の2つ向こう
お互い満員電車辛いよな」
うん、って強く頷く
その様子をみてまた少し笑われる
「俺も二日酔いの朝とかほんと乗りたく無いもん」
「私もテスト勉強遅くまでしてた翌朝はツライです」
さっすが学生さんだなってまた笑われる
優しい笑い方に胸がとくんって鳴った。
その人が人懐っこい表情で学校の事や受験の事を聞いてくる。
なぜか話しやすくて
大変なんですってつい本音を話す
俺もさーって笑いながら自分の学生の時の話をしてくれる。
初めて話したのに楽しくて
大人の男の人なのにそんな感じがしなかった
その人と話をしていたらあっという間に自分の駅に近づいていて
「遅いから気を付けて帰んなよ」
「はい」
楽しかったですって伝えたいけどなんだか恥ずかしくて
返事しかできずに席を立った
これってカバンを差し出す
「あんがと。
ねえ、何ちゃん？」
もう乗降口に行かなきゃって一歩踏み出していた私に
その人は事もなげに聞いてくる
「な・ま・え、何？」
首を傾げて聞かれる
水分の多い揺らめく瞳がまっすぐ私を見ている
魅入られたように目が離せなかった
「……Aです」
「Aちゃんね。
Aちゃん、また明日ね」
その人がサラっと私に向かって言う
どうこたえていいかわからなくて
ただ頷くことしかできない
きっとびっくりした可愛くない顔をさらけ出してると思う
「俺、二宮。
二宮和也だから」
んじゃあなと手を振るあなたに手を振って
ドアが閉まった電車がホームから滑り出るのを私はただただ突っ立って見送った。
その離れる電車に胸がきゅっとなる
電車のガタゴトいう音が離れていく
その聞きなれた音は私が恋に堕ちていく音だ
ガタンって恋に堕ちた
自分で飛び降りたのではなく、それは不可抗力の力で私を落としていった。
たった18年間しか生きてない
だけどこのとき初めて私は知ったんだ
自分ではどうにもできない自分の気持ちがあるってことを。
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作者名：雪月
| 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/personal.php?t=verbena
作成日時：2014年6月8日 0時
