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「…以上が、私の体験した出来事です」

最初は緊張していなかったのに、話終わった途端に一気に緊張が押し寄せた。気が付けば鼓動が早くなっている。…あの時代で色々経験し、達観して、昔よりは沈着冷静になっていたつもりだったのだが。
部屋に集っている数十人の若者の表情には困惑と驚きの色が滲み出ており、奥に座る老人達は共感しているのか、何か考え事をしているのか、目を閉じ腕を組んで沈黙を貫いていた。

「自分は飢え、イモや塩など食物を探し回り、ついには人肉に手を出してしまった。あの時の自分は、人間ではなかったのであります」

室内は冷房が聴いているはずなのだが、身体が妙に暑く感じられた。



…正直言って、怖かった。

『語り部、やりませんか』

初めてそう言われたのは昭和の後半になった頃。高度経済成長で人々の暮らしが豊かになり、あの頃の面影が徐々に消えていった。
そして丁度、あちこちの番組で「新しい年号」の話題についてやっている時だった。

「…ん?」

山口は、棚からひらりと落ちてきた紙切れを、目で追った。持っていた段ボールを一旦床に置き、まだまだ動く腰を曲げてそれを拾い上げて見ると、古いモノクロ写真であった。
少し緊張しているのか、口を一文字に閉じた若い男性と、にこやかな表情をした女性が写っている。どちらも自分の親戚には居なかったような気がするが、はて誰だろう…と、脳味噌の記憶の引き出しを漁ったが、やはりわからない。
目を凝らそうと老眼用の眼鏡にそれを近づけた時、ふわりと懐かしい香りがした。
…土の匂い…。
脚の古傷が少し疼いたような気がした、と思ったその時、アッと気付いた。
死ぬ筈だった自分が何故か生きていて、米兵の目を欺いて、走って逃げたその先__。

写真の男性と、あの穏やかな死に顔がゆらゆら重なって、合致した。

そうだ。
彼と心の中で約束をしたのだ。もし自分が生きて祖国に帰れたら、この写真を身内に届けてやる、と。
そして自分は確かに呟いたのだ。
『お前さんのせいで、俺は自決出来なくなったよ』と。
写真を裏返すと、掠れて見えにくくなっているが、達筆な文字で何か書いてある。

三月二十日 ○○県○○市○○ ○○○にて
吉村 謙次・千代

ふとモノクロ写真が落ちて来た棚を見上げた。
昔、遠いようで意外と最近な昔に置いた、軍服の入った段ボールが頭の角だけチラリと見えた。

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作者名:嵩画@ブレリオ式単葉機 x他1人 | 作者ホームページ:   
作成日時:2017年9月9日 22時

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