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『水上』

私の声でお互い自然に立ち止まって
雨音で聞こえ辛いのか
耳を傾けるように水上の顔が近くなって
その拍子に傾けた傘から雨水が落ちて足元を濡らした

目つきの悪い三百眼の柳色に似たその瞳を
細めて緩める瞬間を
どれくらいの人が知っているのだろうか
それを独り占めする人がいつか現れたりするのかな

『好きだよ』

スッと大きく見開かれた水上の目を見て
あ、やってしまった
そう思った時には走り出していた
言うつもりも伝えるつもりも無かった
絶対言葉にしてはいけないと
態度にも出さないようにしていたのに
こんなところで全て崩してしまうなんて
何してるんだろう
頬に流れるものが雨なのか涙なのか
気にすることもできなかった

どれくらい走ったのか制服は濡れて重く寒かった
生身でここまで走ったのは久しぶりで肩で息をしていた
このままボーダーになんて行けないと思って
家の方向に向かって歩き出した
角を曲がったところで前から来る人に気付かず
思いっきりぶつかって重心は後ろに傾き
反射的に目を瞑った
その瞬間グイッと腕が引かれた

「すみません、怪我は……雨宮?」

「ちょっと何してんの?!」と焦る声に顔を上げれば
そこには犬飼がいて隣には荒船がいた
傘を傾けてくる犬飼に『いいよ』と押し返せば
「黙ってて」と鋭く制された
これは相当怒ってるなとまた視線が下に下がった
「ごめん、先ボーダー行ってて」
そう犬飼が荒船に言えば
荒船は何も聞いてくることはなく
「体調気をつけろよ」とだけ残して歩いて行った

「何があったの」

「ブレザーはないからこれで我慢して」
そう言って犬飼は長袖のジャージを羽織らせてくれた
7月の暑くなった気温でも雨の中歩けば
冷えるんだなと頭の隅で思った

『…なんでもないよ』

「そんな目腫らした顔で言われても
 説得力無いんだけど」

いつもみたいに困ったように笑って許してくれる犬飼は
もういない

・→←君の幸せを願ってた



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作者名:lei | 作成日時:2023年9月15日 23時

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