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嗚咽混じりの乱れた呼吸を繰り返す。
身体中が鈍く痛んだ。
朧げな視界の隅では既に服を着た男が煙草をふかしていた。
その人は剥き出しの背中を不規則に上下させる私を一瞥すると、にやりと口の端を歪めて、その指に摘んだ煙草の火をゆっくりと私の背中に近付けてきた。
「いいの?ほんとにやんぞ」
「……」
「…………チッ」
無反応なのが気に食わなかったのだろう、舌打ちをしたその人はベッドに落としていた腰を上げ、そのまま部屋を出た。
瞬間、張り詰めていた緊張が一気に解けたのが分かった。
私は、一度も泣かなかった。あんな人間に涙なんて見せるものかと、心に膜を張っていた。
あの時間だけ。私を蝕む黒い地獄だけ。
ただじっと耐えてさえいれば、また呼吸が出来るから。
深く吸った息を吐き出して、ゆっくりと起き上がり、床に乱雑に投げられた衣類を手繰り寄せる。
(……パーカー、皺になっちゃったな)
雨のにおい。
薄暗い銀色の空と対称的な、あの夕焼け色を思い出す。
あの瞳の中には、自己満足も正義感も何も無かった。
彼はきっと、体裁や他人の目を気にすることなんて、ましてや可哀想な人間の為に動く自分が可愛いからなんて、そんな理由も何も持ち合わせていない。
けれどあの時私が“エゴ”だと思ったのは、ただ私が、無条件で手渡された純粋な優しさを怖がっていただけだ。
だって、初めてだったのだ。
あの日から、あんなにあたたかい手に触れられたことはなかった。あんなにまっすぐに目を合わせられたことも、私の為にかけられた言葉も、素直な笑顔を向けられたことも。
「……っ、うぅ…………」
ずっと堪えていた涙が溢れ出す。
瞼が燃えるように熱くて、視界はまるで水中にいるみたいにぼやけた。
深まった夜のなか、声を殺して泣いた。
*
やっぱりあの決断は間違っていたのだと確信した。
“また日を改めることにします”
自分で言っておいてほとほと呆れる。河原で死ねずにあのまま家に戻れば結果こうなることは分かっていたはずだ。
帰る場所なんて、待っていてくれる人なんて、何処にも有りはしないのに。
だからこそ、死ぬことであの忌々しい記憶を私の存在ごと消そうとした。
そうすればきっと、解放されるから。
毎晩あの男の下に組み敷かれるより、触れられるより、囁かれるより……だだじっと、それを耐え続けるより。
この世から完全に消え去ること。
私にはそれが、何より幸せなことに思えた。
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近衛(このえ)(プロフ) - ごしえさん» 初めまして、嬉しいコメントありがとうございます(´;ω;`)そう言って頂けると、色々と余計なことを考えずに物事に専念出来そうです。暇な時や私生活が落ち着いた時にぽつぽつ更新していきますので、どうかあたたかく見守ってやってください。ありがとうございました! (2018年9月14日 8時) (レス) id: c481c3e57b (このIDを非表示/違反報告)
ごしえ(プロフ) - お初です、失礼します。作者様の作品はお話だけではなく言葉の使い方やシリアスな世界観、夢主やキャラクターの描写がすごく繊細で大好きです。更新は作者様の作品なのですから作者様の無理のないペースで書いてください^ ^レポート頑張って! (2018年9月13日 12時) (レス) id: 7d39465185 (このIDを非表示/違反報告)
近衛(このえ)(プロフ) - ANAさん» 面白いと言って頂けて嬉しいです!まだ書き始めですが、既に薄暗い要素ばかりになっているのでかなり人を選ぶ内容かと思いますが…。更新頑張ります(*^ω^*) (2018年8月1日 9時) (レス) id: c481c3e57b (このIDを非表示/違反報告)
近衛(このえ)(プロフ) - 戸木さん» 繊細で詩的だなんて……嬉しいコメントありがとうございます(´;ω;`)楽しみにして頂けて光栄です、更新頑張ります(^-^) (2018年8月1日 9時) (レス) id: c481c3e57b (このIDを非表示/違反報告)
ANA - 面白いです!更新頑張ってください! (2018年8月1日 9時) (レス) id: 759c29c556 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:uuu | 作成日時:2018年7月28日 15時