君と私の音を紡いで【千】 (ページ3)

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男性はいやならいいよ、無理強いはしたくないからね。と言った。それには私も苦笑いだ。
人前で歌うことは別に恥ずかしくない。慣れているし、そうやって生きてきたから。

「分かりました、お願いします」
私は鞄から楽譜を取り出して男性に渡した。自分の曲？と聞かれてぎこちなく頷く。私が昔、初めて書いた曲である。男性はいい曲だよと言ってくれた。
嬉しくて、堪らなかった。

◇

生まれて初めて海外で歌を歌った。それも知らない人のピアノに乗せて。

全てが終わったあと、店で巻き起こる拍手に私は鼓動の早まる心臓を抑えて息を吐いた。ほっとした。ちゃんと歌えた。
「ありがとうございました」
なんだかスッキリした気持ちになって、私は男性にお礼を述べた。
気にしないで、と男性は言うけれど、私にとってはとてもとても嬉しい出来事なのだ。

「それじゃあ私はこれで……あれ」

楽譜をしまって鞄を持って立ち上がった私は、テーブルにあった伝票がなくなっていることに気づいた。あれ、あれ、と探していると男性が笑いながら「もう払っておいたよ」と言うではないか。

「そんな、お金返します！」
「大丈夫だよ、それより俺の頼みを聞いてくれないかな」
「ありがとうございます……なんでも聞きます！」
「ノースメイアの都まで着いてきて欲しい」

普通、海外で知らない人に声をかけられて一緒にどこかへ行こうなんて言われたらついて行かないし行ってはいけないと思っているのだが、不思議と、この人には私がついていなくては行けないと思わせるようなそんな弱さが垣間見えた。

「……丁度、私もその方面に行こうと思っていたところです」
「それは良かった。君の名前を教えて」
「宮嶋A」
「俺は桜春樹、それじゃあ行こうか」

ーーこうして、私と彼、桜春樹の不思議な旅が始まった。