3話 ページ5
都市エデンはすでに陽を地平線の向こうへと隠し、昼間の太陽と入れ替わるように、ネオンの輝きが歓楽街を照らし出す。その中をすり抜けて、一人の女性──ライラ・クラークが夜のエデンを歩いて行く。やがてとあるマンションに辿り着いた彼女は、そのうちの一室にするりと滑り込むように足を踏み入れる。
リビングのソファにどさりと身体を預け、照明も付けないままの暗い天井を仰いで大きなため息をひとつ吐いた。ぼんやりと天井を眺め、今日出会った名前を反芻するように脳の中で繰り返す。
アクシア。レオス。オリバー。レイン。……そしてローレン。
エデン広しといえども珍しい赤紫色の髪に、海や湖水を思わせるエメラルドグリーンの瞳。目を閉じて思い出してみれば、遠い記憶の中とちっとも瞳の輝きは変わらず、しかしその髪の艶は十数年前よりもずいぶんと良くなっているようだ。彼は今少なくとも気兼ねなく家名を名乗れる家族のもとに居て、どうやらそこでは衣食住に困らず身綺麗にする余裕のある生活も送れているらしい。
ローレン・イロアス……なんともまぁ立派なファミリーネームだ。薄汚れたスラムの小さな子供からは想像できないくらいに。
「"英雄"か…………あたしとは大違い」
ふいにパチッと照明のスイッチの音がして、彼女はぱっと身を起こす。リビングのドアのほうに、かっちりとしたスーツを身に着けた神経質そうな男性が半ば呆れた顔で立っていた。
「帰っていたのなら電気くらいつけなさい」
「長官」
「ここは職場ではない。……そう畏まる必要はない」
「……そうだね。
ライラ、もといAと呼ばれた彼女がそう言うと、男性は「あぁ、ただいま」とだけ短く返す。その背中が彼の自室に消えるのを見送ってAも立ち上がった。
「仕事のほうはどうだ」
「うん?」
「"彼"と初めて接触する日だったろう、今日は」
「あぁ……」
Aは手の中で帽子をいじりながら曖昧な返事を返す。その片耳には、よくよく見なければ気づかないほどのワイヤレスイヤホンが着けられている。そこから流れているのは流行りの音楽などではなく、一人の人間の生活音。……つまるところ、それが彼女の『仕事』だった。
Aはにっこりと──昼間にローレンに見せた、ライラ・クラークのそれとまったく同じような──笑みを見せる。
「大丈夫。上手くやるよ、必ずね。……なんたって、あなた譲りの
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作者名:七福 | 作成日時:2024年3月9日 16時