18話 ページ27
「あ、そうだお前。この間の投稿、あれどういうことだ?」
「この間の?」
例によってエデン・タイムス本社裏の喫煙ブース。ふぅと一息で煙を吐き出した"先輩"は、取材メモをチェックしていたAに煙草の先をつきつけた。
「あれだよあれ、歌の動画上げてたろ」
「ああ、アクシアさんと歌ったやつですか?別にあのくらい珍しいことでもないでしょう。ありがたいことに、ライラとアクシアさんのコンビを好いてくださるリスナーは多いみたいですし」
「馬鹿そっちじゃねえ。もう一個上げてたろうが。いくらエイプリルフールにしてもありゃ下手打ったな。なんなら諜報員としちゃ致命的だ。疑ってくださいと言ってるようなもんじゃねえか」
「…………はぁ?何の話ですか?」
帽子のつばを摘み上げ、Aは眉間に皺を寄せる。怪訝そうな表情を目の前に今度は先輩のほうが眉をひそめる番だった。
「しらばっくれてんじゃねえぞ、エイプリルフールはもう終わってんだ」
「訳の分からないことを言ってるのは先輩のほうじゃないですか。……ほら見てくださいよ、何にもないでしょ」
ずいっと詰め寄る先輩に彼女が突きつけてみせたスマホのチャンネル画面をスクロールしてみると、確かに4月1日の投稿はアクシアとのカバー動画一件のみ。他はライブ配信のアーカイブばかりで、先輩の言う動画どころか他のカバー曲はひとつもない。
「……ほんとに何もない……な?」
「だからさっきからそう言ってるでしょう。まったく……普段あたしに休養を取れだの何だのと言ってるくせに、先輩のほうが疲れてるんじゃないですか?」
「ああわかった、悪かったよ。……だからってお前、そこまで可愛げのない言い方しなくたっていいだろ。嫌われんぞ」
「構いませんよ。どうせあたしのことを好きになる人間なんて居ないでしょう。"ライラ"ならまだしも」
「お前なぁ…………」
どこかからチャイムの音が響いてくる。本社付近の学校の予鈴だ。それに誘われるように腕時計を見下ろしたAは、ああ、と声をこぼした。
「そろそろお昼休みが終わりますね。もうこんな時間でしたか」
「おう、んじゃ俺はデスクに戻るとするか。お前は?」
「あたしは少し外に出てきます。上層部に呼ばれているので」
「ああ、なら本庁のほうに行くのか。また任務か?気をつけろよ」
「ええ。ありがとうございます」
Aと"先輩"は互いに軽く手を振り、それぞれ別の方へ向かって喫煙ブースを後にした。
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作者名:七福 | 作成日時:2024年3月9日 16時