16話 ページ20
まるで悪夢だ──そんな風に男は考えた。
真夜中のこの暗がりの中、貿易港には明かりのひとつもない。せいぜいが男たちの持つ作業用の懐中電灯だ。
そんな中を、まるで暗がりをものともしないで飛び回る影がある。……いや、飛び回るという言葉は正しくないのかもしれない。人間に羽が生えているはずもない。それでも男は『飛び回る』と表現する他なかった。そうとしか思えないほど、縦横無尽に動く存在があった。この真っ暗闇の中で。
バチバチッ、という音の後にギャッと悲鳴が響いて、また一人仲間が倒れる。ガシャンと大きな音がして懐中電灯が地面にたたきつけられた。その衝撃で電球部分は壊れて、また一層辺りは暗闇に包まれる。
──狩りだ、と、男の頭の中にそんな思いがよぎった。例えば梟が夜闇の中で音もなく獲物を狩るように、今そいつは自分たちを狩ろうとしている。そんな思いが頭をかすめると同時に首筋に激しい電流が走って、男はあえなく意識を落とした。
「──……え、ねえ。そろそろ起きてくれる？」
男性とも女性ともわからない声がして、男はハッと目を覚ました。首は動かせるが、腕も脚も動かせない。どこかに縛り付けられていた。
「きみ、この現場の偉い人だよね。正直に洗いざらい話してもらいたいんだけど、この取引は誰の指示？」
「…………ぶか、は？あいつらは？」
恐怖か、それとも覚醒したばかりだからか。喉はカラカラに渇いて掠れた声しか出なかった。男の問いに目の前の人間はため息をつく。拳銃にサイレンサーを取り付けるわずかな物音がした。
「きみも含め、この場の全員を我々が拘束した。命はまだ奪っていないけど……この後どうなるかは、きみ次第だ」
「……拷問は、法で禁じられているはずだ」
「そうだね。でもそれは相手が人権の保障されたエデン市民に限り、の話だ。わかる？今この場において、きみたちに人権は無いんだよ」
「…………チッ。中央政府の
「なんとでもどうぞ。それで？きみたちにこの仕事を任せた人は誰？」
男は答えなかった。馬鹿正直に答えてこの場を生き延びたところで、今度はその命で雇い主に償いをしなければならない。すると目の前の人影はまた深くため息をついて、男の眉間にぴたりと何かをあてた。銃口だ。
「きみがその気なら話したくなる気分にさせるしかないな。耳のひとつでも落とせば……いやこうしよう。この銃にひとつだけ弾を込め、きみが正直に話すまで10秒に一発ずつ撃つ。どうかな？」
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作者名：七福 | 作成日時：2024年3月9日 16時
