1話 ページ2
スマホのアラーム音がして、そこで目を覚ました。
視界に入るのは見慣れた天井とカーテン。地べたで身体を丸めて眠っていたのも、ずいぶん遠い昔の話になったものだ。確か今日はライバーデビューする同期と初めて顔合わせをする日だったはずだ。そろそろ出かける準備をしなければならない。
もそもそと着替えを漁りながら、いつか聞いたあの少女の名前を思い出していた。結局あの後何度か一緒に話したり遊んだりして、ある時急にぱったりと消えてしまった女の子。なんとはなしに、口の中で転がすように彼女の名前を呟いてみる。
「A…………」
淡い気持ちをどこか捨てられずにいることさえ、今となってはもう遅い話だ。
エデンからリアルジャパン行きの電車に乗り、東京は渋谷に降り立つ。立ち並ぶビルのうちのひとつを見つけ、事務所の中、指定された会議室のような部屋の扉を開くと、そこにはすでに四人の人間が集まっていた。
「やあ、こんにちは！初めまして、ですよね。お名前は？」
「初めまして……ローレン・イロアス、エデン都市警備部隊の隊員っす」
「都市警備部隊の方ですか。僕はオリバー・エバンスといいます。バーチャル文化人類学を研究していまして、若輩ながら教授として教鞭を執っています。どうかよろしくお願いしますね」
「はぁ、大学教授。……えっと、これ俺がいっちゃん最後な感じっすかね？」
「いや？あともう一人来るはずだけど……あぁ、ちょうど来たね」
大柄な男──エバさんが示すほうへ振り返ろうとする。その瞬間、「わぷ」と間抜けた声とともに何かが背中にぶつかる、トンと軽い感触がした。
「す、すみません！余所見していて」
「あぁいや、」
背後から聞こえた女性の声に返事をしようとして、はっと息をのむ。帽子の下から覗く暗い赤毛。続いてこちらを見遣る深い深い青色の目。深海のような、夜空のような、そんな目が俺を見上げている。
「お怪我ありませんか？えーと、赤髪のお兄さん」
極めつけはにっこりと笑うその女性の、その表情。それは紛れもなく十数年忘れることのなかった笑顔であり、なんなら今朝も夢の中で目にした、ほころぶような笑顔。
目を見開いたまま固まって動けなくなってしまった俺に、エバさんがどこか訝しげな様子で「ローレン君？どうしたの？」と声をかけてくる。けれど俺はそれに返事を返すことさえできなくて、半開きの唇の隙間からまろび出たように懐かしい名前を女性に向かって呟いた。
「……A？」
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作者名：七福 | 作成日時：2024年3月9日 16時
