【2j3j】エデン妖精譚Ⅱ (ページ9)

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54話ページ9

砕け散ったシャンデリアの向こうへ視線を滑らせると、そこにはすっかり腰を抜かして喚いている白いスーツの男の姿があった。ターゲットの身が無事であることに安堵のため息を吐くのと同時に、いつの間にか一人の妖精が私のすぐ目の前に現れた。男に付き纏っていた妖精のうちの一人だ。

「小娘。邪魔をするな」

鼻先が触れそうなほど近くまで詰め寄ってきた妖精は、低く轟くような声で私に囁いた。虹色の輝きを爛々(らんらん)と放つ両目を真っ向から受け止め、私も負けじと妖精の言葉で言い放つ。

「それはこっちの台詞だよ」

ギッと睨みつけてやると、妖精はやがて諦めたような顔をしてくるりと背を向け飛び去った。
緊張の糸がほどけてほっと息をしたのも束の間、すぐに陽気な大声が私とアクシアさんに投げかけられる。

「やあ君たち！さっきはありがとう、まさしく命の恩人だ！いや、まさかシャンデリアが落ちてくるなんてね。このホテルの安全管理も地に落ちたものだな」

ターゲットの男だ。両腕を広げ、ずかずかとこちらに歩み寄ってくる。その声こそ明るくハキハキとしているが、貼り付けられた笑みはどことなく不快な胡散臭さを感じさせる。警戒心を見せないように微笑んでみせると、「ところで」と男は切り出した。

「君たちにお会いするのは初めてかな？私はこれでも人の顔を覚えるのは得意なほうでね、今まで見かけたことがないお顔だと思うのだが」
「ええ。実は、こちらのパーティーに参加するのは今日が初めてでして。オニキス・カーターと申します。こちらは妹の……」
「ろ、ロザリアです。あの……ご無事でよかったです」

完璧な笑みを浮かべ、さらりと答えてみせたアクシアさんに続くように声を上げる。アクシアさんに比べて少しぎこちなくなってしまったような気がしたが、逆にそれが「今日初めて社交界の場に出た少女」という設定に説得力を与えたのか、男はさらに深くした笑みを私に向けた。

「そうかそうか。ご兄妹(きょうだい)で仲が良いのは素晴らしいことだよ。君たちはずいぶん若く見えるが……もしかして、まだ学生さんかな？であればこの後少し私と話をしないかい。私は将来有望な若者を支援するのが生きがいでね。さっきの恩もあるし……どうかな？」

──かかった。
心の中でそう呟き、私たちは男の誘いに頷いた。