83話 ページ38
「言い伝え？」
「そう。"
「一体どんな？」
「……『王冠も、英雄も、ただそれのみでは王たり得ない。王冠と英雄、どちらも手にした者のみがエデンの真なる王として玉座に就くだろう』」
「王冠と、英雄……」
口の中で含み転がすように、オリバーはアーサーの言葉を繰り返す。その間にアーサーはぐっと乱雑に涙を拭い、やがて顔を上げた。
「オレから貴方に伝えられることは本当にこれだけです。……それじゃあオレは、もう行きます」
「ああ。ごめんね、ありがとう。…………モルガン君、最後にひとつだけ」
立ち上がって膝についた埃を払い、ドアノブに手をかけたアーサーの背中に向かってオリバーは呼びかけた。ぴたりと動きを止めたアーサーの顔がほんのわずかに振り向く。
「また来年度も、僕の講義で待ってますね」
アーサーは答えず、そのまま研究室を後にした。ぱたんとドアが閉まるのを見届けてからオリバーも立ち上がる。次にどこへ行くべきなのかは、なんとなく想像がついていた。
「……来たね、エバさん」
「ああ。アクシア君は訓練終わりかい？」
「そんなとこ」
機動歩兵隊の屯所を訪ねたオリバーは、待合室に通されてアクシアを待っていた。しばらく経ってドアの向こうから現れた友人は小脇に抱えていたお決まりの猫耳ヘルメットをオリバーの斜め向かいの椅子に下ろすと、その隣に腰掛けた。
「Aのことで来たんよね？」
「さすが、ご名答」
「そりゃもちろん。ここに来たってことはエバさん、"常若の園"への行き方はもうわかったってことだね？」
「……わかってる、って言い切っちゃうと語弊があるかな。なんとなく予想はついてるんだけど、まだ確信は持ててない」
「いいよ。聞かせて？」
アクシアは微笑んで、オリバーの言葉をただ待っている。まるで学生時代に戻ったかのような気分だ、とオリバーは心の中で一人呟いた。しかもまさか先生役がアクシア君だなんて。
「生徒から、ある言い伝えを教えてもらったんだ。『王冠も、英雄も、ただそれのみでは王たり得ない。王冠と英雄、どちらも手にした者のみがエデンの真なる王として玉座に就くだろう』──これを言葉のまま受け取るのなら、こうなる。『王冠と英雄自身は王になれないが、それら両方を手にした者はエデンの真なる王として認められる』とね」
アクシアは、是とも否とも答えない。
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作者名：七福 | 作成日時：2023年3月12日 17時
