78話 ページ33
背後から何かが追ってきている気配がする。確実に人間のそれではない。ちら、と振り返った先生はハッと息を飲んだ後、低い声で「なんてことだ」とこぼした。
「先生、何が見えたんですか？」
「人間が……『中枢』の人たちが、次々と泉のほうへ引きずり込まれてる」
やっぱり、と私は心の中で呟く。あの扉こそが"常若の園"への入り口なのだ。13年前のあの時、私はきっとあの扉から妖精の世界へと迷い込んだのだろう。扉が開きかけたときに感じた悪寒も、幼い頃の記憶が起こしたものだったのかもしれない。
視界を泳ぎ回る妖精たちの、クスクスと楽しげな笑い声も、今は嘲笑うかのように聞こえる。
「帰ってきたわ」
「帰ってきたのね」
「あの御方よ」
「逃げ切れるかしら？うふふ」
──"あの御方"？いったい誰のことだ……
そこまで考えて、ふいに、以前の先生の言葉がよみがえる。
『──足を踏み入れることが許されるのは、エデンの正統なる王の血を引く者だけ』
頭の中に電流が走ったような感覚がした。
そうだ──そうだ。思い返してみれば、泉に出現した扉はまるで私と先生の訪れを予見していたかのようだった。近づいた人間が無差別に、例外なく飲み込まれるのだとは考えにくい。もしそうであれば、アーサーの言っていた『管理者』という仕組みそのものが成り立たないのだから。
それに、先生の、異様なほど妖精に好かれる体質。…………まさかとは、思うけれど。
「先生！サムは連れてきてますか？」
「えっ、サム？い、居るけど……」
先生の言葉と同時に、シルバーの指輪にオーバーソウルしていたサムがぽんっと姿を現わす。
「へえ！なんでやんすか、お嬢？」
「お願いがあるの。先生を連れてこの森から逃げて。"常若の園"の生まれじゃなくても、君なら妖精がどこから追ってくるかわかるよね？」
「はぁ、そりゃ確かにお安い御用でやんすが……お嬢はどうなさるんで？」
「…………」
黙りこくった私に、先生の顔色が変わる。
「待って、A。君……何をするつもりだ？まさか、」
「先生」
先生の声を遮り、乱暴に外した私のサングラスを空いた左手に握らせた。
「行ってください。……お願いだから」
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作者名：七福 | 作成日時：2023年3月12日 17時
