【2j3j】エデン妖精譚Ⅱ (ページ32)

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77話ページ32

「森の中で撒こう！走れるかい！？」
「はい、先生！」

走り出した私たちの後ろを、スーツを着た大人が大勢追いかけてくる。
森の面積は庭から見るよりも案外広い。追手を撒こうと思えば十分可能だろう。先生は格闘技やフィールドワークで鍛えた足腰があるし、思い出してみれば私も幼い頃、妖精に連れ去られる以前はこの森でよく遊んでいたのだ。このくらいの悪路、どうということはない。木の根を飛び越え、低木をかき分け、私と先生はどんどん森の奥へと向かっていった。

「確か、この先に泉があったはずです！」
「……泉、か。なるほど。そこを目指そう」

私は頷いて、先生を先導するように走り出す。後ろからの追手に混じって、いつの間にか小さな光がいくつも私たちの周りを飛び回り始めた。妖精の光だ。私たちの逃走劇を見て楽しんでいるのだろうか。
なんとなく靄(もや)のようなものが胸の中にわだかまり始めたとき、ふいに視界が開けた。

「これは……！？」

私たちも、追手も、泉を目の前にして思わず足を止める。
それほど大きな泉ではない。回り込んでさらに森の奥へ逃げることだって十分可能だ。にも関わらず誰もが足を止めたのは、目の前の光景が信じがたいものだったからだ。どうしてか先生にだけは見えていないようで、困りきった表情で私のほうを見る。

「僕には泉しか見えないんだけど……一体、何があるの？」
「……扉、」
「えっ？」
「扉が、あります。泉の上に……」

一体どういう原理だというのか。さざめく泉の水面から少し離れたところに扉が浮いている──浮いている、という言い方はおかしいのかもしれないけれど、そう言う他に言葉が見つからない。まるでガラス製の、華奢で透き通った豪華な装飾が施された観音開きの扉は、風が吹くのに合わせてしゃらしゃらと音を立てる。
誰もが固唾を飲む中、ギギ……と、それまでと違う音がした。

──蝶番の軋む音に似ている、ような。
ぞっと冷たいものが背筋を駆け上がっていくような感覚がして、咄嗟に先生の腕を掴んだ。

「先生逃げよう！！」

目を白黒させる先生を連れて、泉をぐるりと回り向こう側へと走り出す。蝶番の軋む音は止まず、むしろ次第に大きくなって、途中からはパニックになった男たちの悲鳴も混じるようになった。
私たちの後ろで何が起きているのか──なんとなく想像はついていたけど、目にするのが怖くて、私は先生の手を引いたまま振り返りもせず、とにかく森の出口を目指した。