【2j3j】エデン妖精譚Ⅱ (ページ31)

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76話ページ31

次の日の朝が来た。因縁の地にいよいよ足を踏み入れる日だ。身支度を整えていると、ふいに窓の外から車のエンジン音が聞こえてきた。玄関先に面した道路の方からだ。しかも、何台も。
身を乗り出して見てみると、ちょうど黒塗りの車からぞろぞろとスーツを着込んだ大人たちが降りてきた。彼らは真っ直ぐに私の家へ向かってくる。

「あれは……」
「『中枢』の人たちだね」

いつの間にか背後に立っていた先生が、私の後ろから窓の外を覗いてそう言った。「中枢？」と私が聞き返すと、「あそこを見てごらん」と先生は一台の車を指さす。

「ボンネットに旗が立ってるでしょ？あれは元々王室に所属することを示すためのものなんだよ。つまり、今で言うところの『中枢』ってこと」

先生の言葉で、アクシアさんの忠告が頭の中に蘇る。ハッとして、先生、と振り返ろうとしたとき、父が慌てた様子で階段を駆け上がってくる。

「オリバーさん！A！」
「お父さん？どうしたの？」
「今しがた、スーツを着た人たちがやって来て、Aを出せと騒いでるんだ。たまたま母さんが出たから、この家に娘は居ないの一点張りで足止めできているけど……今日は調査に行くんだろう。今のうちに早く裏口から出なさい」

先生と顔を見合わせる。……アクシアさんの懸念が現実のものとなってしまったのだろうか。だが今は議論している時間なんて無い。私と先生は急いで最低限の荷物をまとめ、気配を忍ばせてキッチンから裏口へと向かう。
階段を降りたところで、玄関先の会話が漏れ聞こえてきた。

「──ですから、何度も申し上げますけれども。娘は13年も前に妖精の国に連れ去られたんです。あの子は妖精になりましたのよ、出せと言われても困ります」
「ですがね奥様、この家に少女が住んでいるという話はご近所から既に聞いているんですよ」

議論は未だに平行線のようだ。今なら彼らの目を欺いて外に出られるだろう。……まさか、母の狂気に助けられる日が来るだなんて。言い表しようのない気持ちが胸の中で渦巻く。
私の内心に気づいたのか否か、先生は私の背中を優しく押して促す。

「今は先を急ごう」
「……はい」

裏口の扉をそーっと開き、庭に出れば森はもうすぐそこだ。森の方へ歩き出そうとしたとき、庭を見張っていたらしい男の声がどこからか飛んできた。

「少女が居たぞ！大学教授も一緒だ！」
「A、走れ！！！」

その言葉と同時に、私と先生は森へ向かって全力で駆けだした。