【2j3j】エデン妖精譚Ⅱ (ページ29)

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74話ページ29

窓から外の景色を眺めていたAは、部屋の入口に気配を感じて振り返った。

「……先生」

ドアの側に立ったオリバーはそれ以上中に入ってこようとはせず、暗い表情でAをじっと見つめていた。その様子に、あぁ、と彼女は短いため息をつく。

「話したんですね。母と」

彼女自身、内心驚くほど平坦な声だった。失望も悲しみも怒りもない。ふっ、と目を伏せる。

「事前にきちんと説明しないでごめんなさい。あれこれ言うより、実際に話してもらったほうがわかりやすいかなと思って」
「……君のお母様は、いつからああなったんだい？」
「私が小学校に上がってすぐの頃です。当時、私の目が発端で友達とちょっとした喧嘩になって……怪我をしたんです。それでほんの数日入院したんですが。それが……娘がどうあっても世間に受け入れられないというのが、母には酷いストレスだったようで」
「十数年もの間……あんな『思い込み』を？」
「はい。今の母にとって、A・ウィリアムズは紛れもなく『妖精』です」

娘の姿は見えず、声も聞こえず、起こした行動はまるでポルターガイストかいたずらな妖精の仕業であるかのように映る。つまるところ、それが彼女の陥っている現状だ。

「キッチンのお皿を見ましたか？……妖精が家のことを手伝ってくれたらお礼にパンと牛乳を与える、という習わしがあるでしょう。そのためのものです。本来なら白くて柔らかいパンなんですが……私が林檎を好きだからって、母はいつもああして林檎のパンやお菓子を置いておくんです」

ははっ、と自嘲めいたかすかな笑い声がAの口から漏れた。
決して、母親に愛されていないわけでは、ない。娘のために発狂し、娘の幸せを心から願い、娘のために好物を供えて置いておく。……愛ゆえでなければ何だと言うのか。
くだらない考えを振り払うように頭を振った彼女は、ふっと視線を上げ、そしてわずかに目を見開いた。不格好な笑みがこぼれ落ちる。

「……変なの。どうして、先生のほうが泣きそうになってるんですか」

オリバーはそれに答えず、半ば駆け出すような足取りで部屋の中へ踏み込むと、ギュッとAを抱きしめた。ほんの少し痛いと感じるほど、強く強く抱きしめられた。

「笑って話すようなことじゃないだろう……！」

怒りか、哀れみか、はたまた悲しみか。それはわからなかった。
けれどそう言われて初めて、Aの目からほんの一筋の涙が、つうっと頬を伝って流れた。