【2j3j】エデン妖精譚Ⅱ (ページ27)

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72話ページ27

「A！オリバーさん！」

バスロータリーの向こう側から呼ばれて、私と先生はそちらの方を振り返った。隣に設けられた駐車場で、車の側に立った父がにこやかに手を振っていた。

「お父さん！」
「久しぶりだな。勉強頑張ってたか？」

駆け寄った私の頭を父はわしゃわしゃと撫でた。そんなに小さな子供じゃないのに、と思うけれど、なんでか懐かしい気持ちになる。ふと後ろの方から視線を感じて振り返ると、先生が妙にニコニコした表情で私と父を眺めていた。急に気恥ずかしい気分になって、父の腕をぐいと押し返す。

「……ニヤニヤしないでください、先生」
「してないけど！？」
「はは……オリバーさん、わざわざ来て頂いてありがとうございます。あ、荷物はこちらに、どうぞ」

言いながら、父はガパッと車のトランクを開ける。その姿にまた懐かしさを感じた。まだ小さい頃──妖精に攫われる以前のこと、幼い私はトランクに入り込みたがっては父に叱られていた……らしい。覚えてないけど。
意味のない感傷に浸りながら、私は父に促されるままに車の後部座席に乗り込んだ。そのすぐ隣に先生が座る。車は滑り出すようにロータリーを抜けて、緑の広がる郊外方面へ向かって走り出した。

一時間ほど経って、やがて車は一軒の戸建て住宅の前に止まった。私の実家だ。車を降りると、庭のほうから吹き抜けてきた風がサワサワと髪を揺らす。そちらへ視線をやると、見たことのない花がぽつりぽつりと咲いていた。私が家を出てから植えたのか、それともどこかから種が飛んできたのか。
家を出てからまだ一年も経っていないはずなのに、まるで何年も帰ってこなかったかのように感じる。玄関先に巻き付くように咲いているバラの花だけは、変わらず手入れされて甘い香りを漂わせていた。

「……あら？もういらしたのね」

ガチャリと玄関のドアが開く音がして、ハッとそちらを振り返る。私や先生と同じアッシュブラウンの髪をした女性がふんわりと微笑んで佇んでいた。……私の母だ。

「お久しぶりね、オリバーさん」
「久しぶりです。そちらはお変わりなく？」
「ええ、おかげさまで。……そうだあなた、ちょうどアップルパイが焼けたのよ。はやく上がってもらって！紅茶も淹れなくっちゃね」

母に急かされた父は少しだけ困ったように相槌を打ちながら荷物を家に運び入れる。私と先生もその後に続いた。
母の背中がキッチンの奥に消えるまでの間、その目に私の姿が映ることは一度もなかった。