雨 ページ36
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名前も知らない、空元気で雨が好きな、笑顔が一番似合う手前
そんな手前が雨に誘われて
俺が要らない傘を手にその声を求めるのも
何処か当たり前で。
「日外……A、」
乾いた喉からもう一度、渡された紙の文面を思い出し、ひとつひとつ確かめる様に吐き出した文字列。
“「帽子さん!」”なンて
「………」
ただただ雨音が耳を打った。
雨粒が服に染みて体温を奪う。
自慢の服も帽子も、そんな心配する余地もなく____傘を持たずに来ちまった場所に立ち尽くした。
此処にくれば嫌でも蘇る笑顔。
きっと、手前は今日も来る。
この夕立の中、びしょ濡れで、その疲れも吹き飛ぶほどの笑顔で俺を呼ぶ。
何時もは聞こえる車の音も、ぼんやり輝くネオンの光も届かないこの場所で、この夕立の中で、_____俺は…。
俺だけ手前を知ったまま笑う事なんざ出来ねェよ
そう。雨の日の喪失感に埋もれて
まるで鉛のように重々しい雨粒が頬を伝えば
「____帽子さん!」
その声がひとつ、耳に響いた。
ああやっぱり手前は手前だ。
聞こえる足音ひとつひとつに滲み出る手前らしさ____あの日、仕事に失敗したと嘆いていた新人エージェントはもう居ない。
その声に答えることが出来ず、喉を幾つもの手が抑えている。
…云わなきゃならねェのか?
何処から
どンな顔して
その手に触れられないまま
「…どうしたんですか!濡れ______」
冷たい。
心も声も____
「ぼ、うし、さ…」
顔を上げ、前を見据える。驚いた瞳は俺だけを見つめ、雨に当たった事を気にもせず、そう小さく呟いていた。
雨に晒された自身の手をぎゅっと握って
俺を心配した声をぐっと引っ込めたように
冷たい俺の手じゃその手は温められないし
落ちた傘は拾えない。
なあ、笑っていてくれよ。なんて
知った頃にはもう遅いって云うンだろ?
初めて見たその表情に感化される前に。
それを何でもないフリをして、静かに告げる。
「もう俺は此処には来れない」
雨が好きだと。色とりどりの傘を自慢し笑を零す手前とはもう二度と会えないだろう
知ってしまった事実は覆せない。
手前は異能特務科で
俺は此処を牛耳るポートマフィア。
いつかもしも。
もしも、手前と話せる日々が来たとしても、人を殺したと泣いた手前に合わせる顔はどこにも無いし
「じゃあな、」
いつものような笑顔で後ろを振り向く事は出来なかった。
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にんじんさん。(プロフ) - 素晴らしい作品をありがとうございます…! (2019年6月4日 16時) (レス) id: 13fcb4bada (このIDを非表示/違反報告)
白狐(プロフ) - あなたもしや…、中也推しですか!? (2019年1月7日 0時) (レス) id: b607d0f086 (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - 白井なでしこさん» コメントありがとうございます。ありがたい言葉ばかり並んでおりますね笑とにかくありがとうございます!頑張ります! (2018年3月30日 13時) (レス) id: 9d2314264a (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - 月ノ輪さん» ひゃー、お世辞でも嬉しすぎます…。前作もありがとうございます!そのコメントだけで次も頑張れますので期待に応えられるように書いていきますね!コメントありがとうございました!! (2018年3月30日 13時) (レス) id: 9d2314264a (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - ユーナ橘さん» ありがとうございます…!少しでも雨に対する思いが伝わればいいな〜と思います。こちらこそ最後まで読んで頂きありがとうございました! (2018年3月30日 13時) (レス) id: 9d2314264a (このIDを非表示/違反報告)
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