第9話 ページ9
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夜も更けて来た頃、すっかり空いてしまった瓶が置かれた机を意味もなく見詰めていた。
そろそろ頭もぼんやりして来そう。右手に残された数滴程しか入っていないグラスを名残惜しく思い、口元に持ってくる。
『……全然足りない』
口寂しい。
先程まで喋っていた相手は、今は左側には居ない。
星が浮かんだ夜空の見える窓の外────
『───ねえ中也。煙草って美味しい?』
その隣に立つようにして、私の顔にも冷たい風が吹いた。
声に気付いた青い瞳がチラリと此方を見遣る。
「……否、美味しい訳じゃねェよ」
『好きで吸ってるんじゃないの?』
「味って云うより習慣だな。歯ァ磨くのと一緒だ」
『……へえ』
大体依存か格好つける為かと思っていた。喫煙者にも色々あるんだなあ。と、平面上では反応をする。けれど私は、興味本位で訊いた訳じゃなかった。
質問をした癖に颯爽と切り上げ関心が無さそうに返事をする。それからするりと手摺に凭れ、空いた右手を中也に差し出すのだ。
『一本頂戴』
煙を吐いた青が、訝しげに歪んで黙る。
「……あ?吸わねェだろ」
『うん。だから今から始める』
「ンな簡単に始めンな。辞めとけ」
『いいじゃん。だって中也が吸ってる間暇だし。私も依存先が欲しいの』
『はい』と、否応無しに差し出す手。
それを見てから、中也は私を怪訝そうに見詰めた。
左手に握られた煙草がゆらゆらと燻って輝いている。
ニコリと笑ったままの私。
其れに敵わないと悟った中也は、いつも通り「全く手前は……」と呆れた顔で衣囊を漁った。
『わーい、ありがとう。そのまま火付けて。あ、吸うのってこっち?如何持つの?うわ、口紅付いちゃう』
「……はあ。違ェ。こうだよ」
呆れ返った中也が“こう”と吸い方を教えてくれる。
「其の儘、ここ、持ってろ」
そうして咥えた煙草を手で支え、待機を促した中也に目を向けた。けれど。目は合わない。
合わせようとした青い瞳は、切れ長の瞼を伏せて私の咥えた煙草の先を見詰めている。
一歩近付いた甘く苦い香水の香り。
品格のある端正な顔が真正面にある。
トン、と口元の煙草が押された。
先と先が触れ合う煙草。
それを強めに宛てがわれたならば、息を吹き込まれ、ジュワりと赤く火を孕んだ。
目と鼻の先で燻った炎を眺める。
私の咥えた煙草に、中也の火が移された。
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空浮 - 気づいたら全部読み終わってました!めっちゃ感動しました!ありがとうございました (3月26日 16時) (レス) @page45 id: 29094487c6 (このIDを非表示/違反報告)
(3)(プロフ) - この儚い感じがめちゃくちゃ好きです!!なずなの花言葉見て尊敬しました!素敵なお話をありがとうございました!! (9月22日 22時) (レス) @page43 id: 3b6fa5f09a (このIDを非表示/違反報告)
べべべーべ(プロフ) - ぼろっぼろに泣きました。とても素敵な作品でした。中也の立場にも胸が締め付けられました…ありがとうございました (9月12日 19時) (レス) @page45 id: 49ba69b450 (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - aさん» 密かでも死ぬほど嬉しいですここまで長くなってしまい申し訳ありませんでした!並びにお付き合い頂いて本当にありがとうございました!完結できたのは読んでくださった皆様のおかげなので…コメント噛み締めて余韻に浸らせて頂きますね…ありがとうございました! (2023年3月31日 20時) (レス) id: 4197b069bb (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - yuuki Sさん» 最後まで本当にありがとうございました…!何度もコメントくださってとても嬉しかったです。私のモチベでした( ᐪ ᐪ )♡寂しいと言われこちらも寂しくなってしまいました。終わらせるのが惜しいです。本当に最後までお付き合い頂きありがとうございました! (2023年3月31日 19時) (レス) id: 4197b069bb (このIDを非表示/違反報告)
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