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第29話 ページ29

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乳白色の薄い扉がバタンと閉まる。

その直ぐ内側。まるで余裕のない包帯塗れの手に引かれ、乱雑にその腕の中へと、倒れる様に雪崩込んだ。

もう、隙間なんて無いのに。
壊れてしまう位に求められ、互いの心音と熱が判らなくなる位の強さで抱き締められる。


「……本当は、君を見付けた時からずっと、こうしたかった」


寝起きの様に掠れた声が、吐息と共に吐き出される。

ぎゅうっ、と、手繰り寄せられた胸の中で音が振動した。
砂糖をたっぷり使った貯古齢糖(チョコレイト)みたいに、甘い声で紡がれた言葉が、熱い耳へと注ぎ込まれる。


「何をしても満たされなくて」


ドクン、ドクン、と私の心臓が反応して
何をしても満たされなかった心は今、正解を見付けた様にじんわりと熱を宿し、痛い位に脈を打つ。


「私一人じゃ、壊れた時計すら、直せなかった」


ねえ、太宰。私もだよ。私も。太宰と同じだよ。
ずっと過去に、記憶に、囚われて辛かった。
ずっと太宰を想ってたよ。

力強い腕の中、如何しようもなく目を合わせたくなって身動ぎ、水中で息を求める様に顔を上げる。


「───ねえA。私がどれだけ君を想って居るか。
此の気持ちが、Aに、判るかい?」


鳶色の瞳と目を合わせ、帯びた光に唾を呑む。
緩められた腕の中、小さく頷いて、喉につっかえた言葉を霞んだ声で絞り出した。


『判、るよ』


震えた熱が、音のない真っ暗な部屋に消えた。

まるでそれが合図の様に。
大きく骨張った手が、そっと優しく私の肩を押した。
冷たい扉が背に当たる。その目の前で、ターコイズ色のループタイがきらりと輝いた。


「此方を向いて」


近くで振動した低い声。
その言葉に、空気に、今更恥ずかしくなって背けた瞳。
そんな私を宥める様に、太宰は俯いた耳元に顔を寄せた。


「───私を見て」


すれば、ふっと伸びた包帯の手。まるで壊れ物を扱う様に、私の頬に触れ優しく包み込む。
ああ、もう、その細く長い指先でさえ愛おしくて。更に高鳴る胸に熱を灯し、目元だけ逸らしたまま声を聞いた。



「お願い。Aの目を見てしたいから」



今はとても、見せられる顔をして居ないのに。
優しく向かせられた先には、春に咲く花のように小さく微笑む太宰が居る。

その表情にまた胸を鳴らして。

その鳶色に目を合わせてから、全てを委ねる様に瞼を閉じた。

ふっと近付く太陽の香り。

お互い確かめる様に触れて


それから。ゆっくり唇を重ねた。

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設定タグ:文豪ストレイドッグス , 太宰治 , 中原中也   
作品ジャンル:恋愛
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空浮 - 気づいたら全部読み終わってました!めっちゃ感動しました!ありがとうございました (3月26日 16時) (レス) @page45 id: 29094487c6 (このIDを非表示/違反報告)
(3)(プロフ) - この儚い感じがめちゃくちゃ好きです!!なずなの花言葉見て尊敬しました!素敵なお話をありがとうございました!! (9月22日 22時) (レス) @page43 id: 3b6fa5f09a (このIDを非表示/違反報告)
べべべーべ(プロフ) - ぼろっぼろに泣きました。とても素敵な作品でした。中也の立場にも胸が締め付けられました…ありがとうございました (9月12日 19時) (レス) @page45 id: 49ba69b450 (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - aさん» 密かでも死ぬほど嬉しいですここまで長くなってしまい申し訳ありませんでした!並びにお付き合い頂いて本当にありがとうございました!完結できたのは読んでくださった皆様のおかげなので…コメント噛み締めて余韻に浸らせて頂きますね…ありがとうございました! (2023年3月31日 20時) (レス) id: 4197b069bb (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - yuuki Sさん» 最後まで本当にありがとうございました…!何度もコメントくださってとても嬉しかったです。私のモチベでした( ᐪ ᐪ )♡寂しいと言われこちらも寂しくなってしまいました。終わらせるのが惜しいです。本当に最後までお付き合い頂きありがとうございました! (2023年3月31日 19時) (レス) id: 4197b069bb (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:高澤白 | 作者ホームページ:http:/  
作成日時:2023年2月1日 22時

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