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翔太side
今日は起きている時間を狙って病院に来た。
亮平と初めて心を通わせることができたあの頃を思い出し、
来る途中に買い物をして。
子供用の小さなミトンは指しか入らないけど
好きなキャラクターの顔が先っぽについていて
手をくいと動かすと白い耳がパタパタする。
部屋に入るなり、すぐにしゃがむ。
あれ?
ベッドに姿が見えなくて視線をずらすと
小さなテーブルの横にぺたんと座っている。
マット敷いといてよかった。
何をするでもなく、タオルケットを抱きしめて
並べてあるおもちゃを眺める小さな背中。
涼太とおそろいのクリップだけ手に取ってたって言ってたけど
こうやってひとりで見てたんだな。
ベッドを挟んで亮平とは反対の場所に移動すると
枕を顔の前に置いてそこからミトンだけ出す。
『トントントン、亮平くんいますかー?』
姿が見えない方が怖がらせないだろうと思って置いた
枕と盛り上げた布団で俺からも亮平の様子が見えないけど、
聞こえてはいるはず。
「…こ、こ」
小さな声が返事した。
あぁ、今の俺はシーくんだけど、いつぶりの会話だろう。
喜びを噛み締めていた俺は次のセリフを考えていなくて。
『あーえっと、亮平くんの好きな食べ物はなーに?』
沈黙。
あ、あれ?さっき確かに返事してたよな?
亮平の声が聞きたい俺の願望による幻聴を疑い始めたときだった。
ミトンごとむぎゅっと掴まれるまで、
必死に考える時の癖で下を向いていたために
ベッドの上に移動していた亮平に気づかなかったのだ。
目が合ってしまった。
この前も、そして涼太でさえも目を合わせただけで
明らかな拒絶を示していたから。
どうしようどうしようと
寧ろ俺の方がパニックになってしまって
目の前にいるのに亮平の様子がわからない。
「しょーちゃ、」
呼ばれた名前に我にかえると、俺の手を掴んだまま
ベッドのふちに立てた枕に身を乗り出した亮平が落ちそうに。
『っぶねぇ。』
ほぼ胸に飛び込んできたも同然。
亮平が俺に抱きついていた。
ちょっと前までは普通だったこの光景が
すごく贅沢で幸せで。
そっと背中に手を回しても嫌がられなかった。
『りょう、おかえり。』
子ども特有のやわらかなにおいがする首元に顔を埋めると
くすぐったそうにきゅきゅっと笑った。
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作者名:はちみつかぼす | 作成日時:2022年3月3日 17時