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「いただきまーす」
一つの器に、一膳の箸。
先に口にしたのはヒスンで、
順番に箸を渡される。
勿論私は箸が一膳しかないことにも
意識してしまうのだが、
この国に来て、そういったシェアの
仕方が普遍的に行われている事は
知っていた。
ただそういうのは
初めてだということだけだ。
器はヒスンが持っていたから
顔を近づけなければならない。
「いただきます…」
食べにくさを感じながらも口にすると
昼に食べる何倍も美味しく感じた。
何度か行ったり来たりを繰り返した後
空になった器となんとも言えない背徳感。
やはり、ヒスンと過ごす時間は楽しい。
ヒスンの本心も知らぬふりをして、
こんな日々が永遠に続けば良いのにと
願ってみたくもなる。
完食すれば空っぽになった器を下げるため
ヒスンは立ち上がった。
私は歯ブラシを二人分用意して
ヒスンに渡すと、
洗面所で横並びになり歯を磨いた。
「寝よう」
「そうですね」
洗面所の明かりを消したと同時に
何故か廊下の電気までが消える。
否、先にあるリビングの明かりまでもが
消えていたのだ。
辺りは真っ暗闇に包まれていた。
「停電？嵐のせいかな…」
いつしか、外は雨が降っていた。
雨粒が窓に当たるほどの豪雨だ。
そう言えば今日の夜は嵐が来ると
朝の天気予報で言っていたっけ。
暗闇に響く雨音に混ざり
すぐ近くに居るんだろうヒスンの
声が聞こえる。
「どうしよう、何も見えない」
「直ぐ戻るよ。
Aどこに居るの」
「確かここら辺が寝室でしたよね」
真っ暗闇だが、寝室はすぐそこだ。
ヒスンを置き去りにしたつもりは無かったが、
月明かりさえ入らない廊下では居た堪れない。
とりあえず部屋に入りたかった。
「A、何してんの」
後ろから聞こえるヒスンの声と同時に、
ドーンという大きな落雷音が響く。
「きゃっ…」
「大丈夫？」
思わずしゃがみ込んでしまったが
こんな情けない姿をヒスンに見られなくて
良かった。雷は苦手なのだ。
「大丈夫です」
返事を返し、立ちあがろうとした時だ。
……あれ。
どっちに向かってたっけ…
そうなると焦るわけで。
暗闇と落雷の恐怖から一旦
ヒスンの声がした方を頼りに
戻ろうとした。
ヒスンに声をかけたつもりだった。
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作者名：yori | 作成日時：2022年8月24日 23時
